東京でのコロナ感染者がなかなか減らない今日このごろ、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

今回は、先進国では当たり前の日用品(コモディティ)を、成長著しい新興国で広めるため、スポンサー利権を活用したという事例を紹介します。先進国では考えられないあるコトに関する人々の認識や価値観を変え、市場を開拓しようとした企業のお話です。舞台はナマステな未来の巨大市場インド。スポーツはクリケットです。

「え?そういうことだったの?」 みなさんもこう思った経験があると思います。今まで目を向けなかったり、当然だと思ってたこと。そんな社会に根ざす“当たり前”を変え、人々の意識・生活行動の変化と消費を促した。今回はそんなケースを取り上げたいと思います。もちろんスポーツの力を使って、です。

なお今回の記事は、東京に上京するまで埼京線(東京~埼玉を走る電車)を“最強線”と認識していたマルタがお送りします。

1. インド生理用ナプキン界に現れた新星Niine

今回の主人公はインドのNiine という会社です。彼らは2018年創業で、主に女性用ナプキンを製造・販売する会社です。本社をインドに置き、ビジネス展開も今のところインドのみのベンチャー企業です。最近ではこのコロナ禍もあってか、生理用ナプキンの他にハンドソープやら手指消毒剤の取り扱いを始めました。

そんなNiineが手を組んだスポーツ。それはクリケットです。

2. クリケットってどんなスポーツ?

みなさんクリケットというスポーツをご存じですか?イギリス発祥のスポーツで、野球の原型と言われる競技です。(出典:笹川スポーツ財団 | クリケットの歴史・発祥 クリケットの試合は1チーム11人の2チームで行われ、それぞれが交互に守備と攻撃を1回ずつ行います。みなさんご存じの通り、野球は交互に9回の攻撃と守備を行い、1試合3時間くらいで終了します。対して、クリケットの場合だと1試合にかかる時間はなんと、平均3~4日。長いときは5日間かかることもあるそうです。

日本ではポピュラーなスポーツではありませんが、イギリス、インド、オーストラリアなどの国々を中心に大人気なスポーツです。世界的な競技人口で見ると、サッカーに次いで第2位だそうです。(出典:日本クリケット協会 | クリケットとは2019年に行われたクリケットワールドカップを見た世界中の視聴者数はなんと合計で16億人。世界ではけっこう大きな人気を誇ります。(ICC | 2019 Men’s Cricket World Cup most watched ever)

そしてこのクリケット。インドでNo1の人気を誇るスポーツなんです。アジア15都市の生活者の好きなスポーツ・イベント、という調査でもインドにおけるクリケット人気は群を抜いています。首都デリーでは92.9%、ムンバイでは94.7%の人が「好きなスポーツはクリケット」と回答しています。(出典:HAKUHODO | アジア15都市生活者の好きなスポーツ、スポーツイベント 

テレビ視聴率をみても、その人気は絶大です。2018年の調査によると、インドにてテレビで視聴されたスポーツコンテンツの93%がクリケットなんです。視聴者数に直すと、2018年の1年間で7億6千600万人がテレビでクリケットを視聴したそうです。(出典:INSIDESPORT | Cricket accounts for 93% of sports content consumption in India: BARC) このように、インドで絶大な人気を誇り、国民に愛されちゃってるのがクリケットというスポーツなんです。

3.Niineが選んだパートナー

Niineはそんな超人気インドクリケットプロリーグに所属するあるチームにスポンサーしました。そのチームは2008年に創設されたRajasthan Royalsというチームです。彼らは2020年8月にスポンサー契約を締結しました。

冒頭でお伝えした通り、Niineは生理用ナプキンを主製品としています。いつもの記事なら、NiineがRajasthan Royalsとどんなアクティベーションをしたのか見ていく、って流れです。が、今回はその前にNiineがなぜスポンサーをする必要があったのか、その背景となるインドの生理事情について説明させてください。

4.インドの生理・ナプキン事情:生理は不浄でタブー

4-1. インドの生理事情

日本ではなかなか信じがたいことですが、インドでは女性の生理が不浄なものとされる風潮があります。生理中の女性も忌み嫌われ、タブー視されるという傾向があります。ある大学では生理中の女子学生は寮での寝泊まりが禁止されている、なんてこともあるようです。(出典:AFP BB News | 生理中かどうか服脱がせ確認、女子大生ら抗議 インド

これにはインドの宗教的・文化的背景が大きく影響しています。インドでは国民の約8割がヒンドゥー教徒です。(出典:外務省 | インド基礎データこのヒンドゥー教では生理は不浄なものと認識されています。近年、都市部や若年層では考えが変わってきていますが、生理期間中の寺院への立ち入りや、家庭でも台所への立ち入りが禁止されることもあるそうです。(出典:JETRO | 生理中でも制限のない輝きを(インド)学校では生理の間、他の生徒に触れてはならないし、給食時間には他の生徒と距離をとって座らなければなりません。(出典:BBC | ‘Period-shaming’ Indian college forces students to strip to underwear

さらにインドでは生理について話すこと自体がタブー視されています。それが故に生理についての教育も浸透していないのです。日本では、小学生の時に保健・体育の授業で生理について学ぶ授業がありますよね。しかしインドでは71%の女の子が初経になってから初めて生理というものがあることを知るそうです。(出典:BBC | Why India must battle the shame of period stain 

このようにインドにおいて生理とは“不浄”“タブー”でそれが故に“知られていない”ものなんです。

4-2. インドのナプキン事情

生理は蔑視され、正しく教育が施されていないインドでは、ナプキンの利用率がかなり低いです。そりゃそうですよね。生理について国民が話さない&正しく理解していないため、ナプキンをちゃんと使う、という判断に至らないわけです。Niineによると、インドにいる生理対象年齢の女性3億5千万人のうちたった800万人しか生理用ナプキンを利用していないそうです。つまり、インド女性3億4千200万人はナプキンを使用していないことになります。(出典:The Indian Express | IPL 2020: Rajasthan Royals hit period taboos for six with sanitary pad sponsorship

ナプキンを利用していない人は、新聞木の葉などを使っているそうです。さらに経済的余裕の無い人の中には、を利用する人もおり、感染症や子宮がんの原因にもなっているとか。(出典:JETRO | 生理中でも制限のない輝きを(インド)

インドの生理・ナプキン事情は映画界も注目しました。映画は「パッドマン」というタイトルで、安全で安価な生理用品の普及に奔走した男性の実話を映画化したものです。

(出典:MUSLIM WORLD TODAY | ‘Pad Man’ Challenges Outdated Taboos

Niineはインドでナプキンを使用していない3億4千200万人という大きな市場を開拓していようとしていました。しかし、先ほども述べたようにインドでは生理について話すことさえタブーとされているのです。

5. NiineがRajasthan Royalsと共に行ったアクティベーション

そこでNiineは、

1.生理について話すことがタブゥーという概念を変える

2.生理に対する差別をなくす

ために、スポンサー権利を活用して、Rajasthan Royalsの選手と共に2つの施策を行っていきます。

5-1. 生理について話すことがタブーという概念を変える!

Rajasthan Royalsの公式YouTubeで公開された「Royals Rapidfire – What do the boys know about periods?」という動画。この動画はRajasthan Royalsの選手が生理・ナプキンに関するクイズに挑戦するという動画です。クイズは「生理のスペルは?」や「生理はどのくらい続く?」という基本的な質問から始まります。生理のスペルが書けない選手もいました。日本で生理と書けない人はいないですよね。ビックリ。他には実際にナプキンを手渡し、「これの付け方分かりますか?」といったクイズまであります。少しシリアスな内容のクイズですが、選手同士のユーモアのあるやり取りによって視聴者が「生理についてこんなにフランクに話していいんだ」、と感じられるような動画になっています。

5-2. 生理に対する差別をなくす!

生理に対する差別をなくすアクティベーションとしてRajasthan Royals の公式Facebook、Twitter、Instagramにて動画が公開されました。

(出典:Facebook | Rajasthan Royals × Niine

以下は、動画の一部を抜粋し翻訳したものです。


“…想像してください。隔離された部屋にいなさいと言われることを。

想像してください。家に入るなと言われることを。

これらは女性が毎月経験していることです。なぜですか?生理は間違ったことでも恥ずかしいことでもないのに。

私たちは長い間沈黙を続けてきました。しかし、沈黙はもう終わりです。

声を上げて、質問をして。生理に対する差別を止めましょう。

Time to change. It’s time to break the silent. Let’s talk periods.

“Time to change. It’s time to break the silent. Let’s talk periods.” 日本語にすると、「変える時です。沈黙を破る時です。生理について話しましょう。」という感じです。力強いメッセージを国全体に向けて発信しています。

6. なぜNiineは男性クリケットチームにスポンサーしたのか?

なぜNiineは男性クリケットチームにスポンサーしたのでしょうか。なぜ男性クリケット選手の口から生理の正しい知識を語ってもらう必要があったのでしょうか。冒頭でも述べたようにNiineの主力商品は生理用ナプキン。顧客はもちろん女性です。インドのクリケットファンの大半は男性。女性ファンの多いスポーツだからスポンサーした、という訳でもなさそうです。

その理由は、インドの社会的特徴にあります。それは圧倒的に男性が優位である、という特徴です。世界経済フォーラムが発表した、世界の国々の男女平等さをランキング化した「Global Gender Gap Report 2020」。というものがあります。1位が最も男女平等な国、というランキングです。これによると、インドは153カ国中112位(出典:World Economic Forum | Global Gender Gap Report 2020

インドでは、女性は家庭に入ることを優先させられ、教育の機会が限られます。さらにヒンドゥー教では、婚姻の際に新婦側が新郎に持参金を用意する風習があります。その持参金がかなり高額なことから女の子は金銭的な負担になるとみなされ、インドでは男の子を望む傾向が強いそうです。(出典:JETRO | インドの女性の社会進出 現状と今後こういった社会的特徴からインドでは長らく男性優位の社会が続いているのです。

4-1. インドの生理事情でもお話しした通り、インドでは生理が不浄なものとされ、国民は正しく生理を理解していません。そして、当然ながら社会で権力を持つ男性も生理を悪とみなし&ちゃんと理解していない。そんな社会で弱い立場に置かれる女性は、生理になっても家長であるお父さん・旦那さんにお願いできないわけです。「ナプキンを買って」と。

そこでNiineは男性優位社会のインドで、あえて男性ファンの多い、男子クリケットチームにスポンサーをする。そして多くの男性にとって憧れの存在であるクリケット選手の口からメッセージを発信してもらうことで、男性の生理に対する認識を変ようとしているのです。

女性よりも優位な立場にある男性たちの認識を変えることで、まずは生理について話すことのできる環境をつくる。この環境をつくることで、女性が「ナプキンを買って」と言えるようになる。ナプキンを買うことのできる女性が増えれば、当然Niineの主力商品の売り上げも伸びる。この長期的な視点に立った策こそがNiineの真の狙いなのです。

7.アクティベーションの効果

7-1. 生理について話すことがタブゥーという概念を変えるアクティベーションの効果

Rajasthan Royalsの選手たちが生理・ナプキンに関するクイズに答えるというこの動画は2020年10月31日に公開されました。たった2か月で17万回再生・579件のコメントが寄せられています。Rajasthan Royalsの他の動画は1万回~5万回のものが多いので、比較的多くの反響があったといえます。

7-2. 生理に対する差別をなくすアクティベーションの効果

“Time to change. It’s time to break the silent. Let’s talk periods.”とRajasthan Royalsの選手たちがインドでの生理に対する差別をなくすよう訴える動画。これはFacebook、Twitter、Instagramで公開されています。Rajasthan Royals SNSのフォロワー数は、Facebook:425万人、Twitter:138万人、Instagram:136万人、です。こちらもかなりの人の目に触れたと考えられるかと思います。

おわりに(国内需要は長期的に減ってくし、インドみたいな新興国市場で先取りしたい!商品力では自信あるんだ!という企業様へ)

いかがでしたでしょうか。今回は人々の認識価値観慣習みたいなものをスポーツの力を使って変革し、消費行動を促す、という事例でした。2020年後半から始まった取組みということもあり、まだ直接的な効果を検証できるまでにはいたっていません。しかし、この取り組みはインドの文化的・経済的な成熟を促進しつつ、なによりNiineにとっても長期的な売上増に繋がるものと思われます。

日本の国内市場が縮小する中、市場が飽和していない新興国市場への進出を目論む日本企業は数多くいらっしゃると思います。今回の事例を通して、生理用ナプキンという先進国内では飽和・コモディティ化している商品が、実は新興国ではまだまだチャンスがあるということがお分かりいただけたかと思います。

先進国では当たり前の商品が新興国で根付いていない理由には、文化的な背景が絡んでいる場合があります。そのような文化的障壁がある場合、やぶからに小売店への卸売りなどを提案してもなかなか受け入れてもらえないこともあると思います。ならば、まず障壁となっている社会的認識を改めるステップに着手する。そのために影響力の大きいスポーツチームと手を組み、スポンサー利権を使って社会に向けてメッセージを発信していく。

もちろんその国の文化や生活様式を破壊したり、踏みにじったりしてはいけません。彼らの暮らし方をリスペクトしつつも、より生活が安全で豊かになる気づきを与え、そのための製品やサービスを売り出していく。

そのときにはきっと、実用性とか便利さを徹底的に追求したメイドインジャパンが強烈に支持される土壌が広がっているのかなと思います。

じゃあ具体的に「新興国のどのスポーツチームと組めばいいの?」「スポーツチームと組んでどんな施策を打てばいいの?」「スポンサーしてどのくらいのメリットがあるの?」など気になる企業様、何かお役に立てることもあるかもしれませんので、是非お気軽に以下からお問い合わせ頂けると嬉しいです!