今年の夏頃、Amazonの創業者ジェフ・ベゾスさんの保有資産が1,978億ドルというニュースが報じられました。(出典:Forbes | ジェフ・ベゾスの資産が約21兆円に、フォーブスの最高記録更新)   日本円に換算するとざっと20兆8,600億円です。「もはや600億円が端数やん」。ワタシはそう思いながら、自分が20兆持っていたら何しようかと妄想にふけりました(ベゾスさんが保有資産全てを現金化したら市場はパニックを引き起こすでしょうが)。そして気がついたら日が暮れていました。

実際に日本でも富裕層(純金融資産が1億~5億円)、準富裕層(純金融資産が5,000万~1億円)の数は増加傾向にあるようです。2007年の富裕層の世帯数は84.2万世帯、2017年には118.3万世帯。準富裕層の場合ですと、2007年は271.1万世帯、2017年は322.2万世帯です。(出典:野村総研| 野村総合研究所、日本の富裕層は127万世帯、純金融資産総額は299兆円と推計)

今回の記事はこんなリッチピーポーたちとの関係をスポーツを使って強化したお話です。特に、スポンサー企業がここぞとばかりに本腰を入れてアピール合戦を行うテニスの全米オープンにフォーカスします。アメリカを代表する大企業がどんな目的でどんなことをしたのか。アクティベーションの事例をご紹介し、日本企業はどんな風に参考にできるのかまとめてみました。それではまいります!

なお今回の記事は、メジャースポーツの中でテニスだけ全く生観戦の経験がないキムラがお送りします。

1. リッチでインテリな大人が集まる場所。全米オープンテニス

まずは、全米オープンテニスについてご紹介してきます。全米オープンはテニス大会の中でも富裕層の観客が特に多いことで知られています。大都会のニューヨークで毎年行われるとはいえ、観客の半数近くが世帯収入約2,000万円越えなんです。ちなみにニューヨークの世帯収入の中央値は57,782ドル(約600万円)です。(出典:smartasset | The Average Salary in New York City) しかもそんな人達が期間中に約70万人も来訪します。

また、大学卒業の学位を持った大人が多いってのも特徴です。リッチでインテリな大人が集まる場所。それが全米オープンなのです。そんな全米オープンですから決勝のチケットもかなり高価です。男子決勝で平均約11万円、女子で6.4万円ほどします。

(出典:Forbes | 2018 U.S. Open Tennis Tournament: By the Numbers より作成)

そんな人たちが集まる大会なので、えげつないセレブがさらっと観客席にいることもザラなようです。2019年に目撃されただけでもメーガン妃(元イギリス王室)、タイガー・ウッズ(ゴルフ)、ジェラール・ピケ(FCバルセロナ)&シャキーラ夫婦など超ビッグネームが並びます。

ところで、以前SPOVA(スポバ)ではゴルフを活用して富裕層をターゲットとしたアクティベーションを行った銀行の事例をご紹介しました。(是非こちらもポチしてみてください)

テニスとゴルフの大会は、富裕層に効率よくアプローチできるという意味でとても似た性質を持っています。実際に、全米オープンテニスと全米オープンゴルフのスポンサー企業を比べてみたところ、似たような印象を受けるラインナップです。AMEX、デロイト、ロレックスという会社役員などの富裕層をターゲットとしそうな企業が共通しています。

(出典:us open | Partners、USGA | U.S. OPEN HP より作成)

それでは、全米オープンテニスを活用して富裕層との関係強化を図った具体的事例をこれから見ていくことにしましょう。

2. JP Morgan Chase (JPモルガン・チェイス)のスポンサーシップ事例

2-1. ニューヨーク州での圧倒的シェアをより活かす

アメリカの大手銀行の1つ、JP Morgan Chase(以下Chase)はニューヨークに本社があります。なので、全米オープンは自分たちのお膝元で開催される大会なのです。この本社のあるニューヨーク州でChaseは39.27%と圧倒的なシェアを誇っています。

(出典:Chemung Financial Corporation | Deposit Marketshare より作成)

ちなみにこの39.27%という市場シェア。経営理論で言えば、圧倒的地位にいると言えます。経営理論の1つであるランチェスター戦略では市場地位を表すマーケットシェアが定義されています。この指標を参照することで、企業は自分たちのシェア(%)から市場内での立ち位置を確認できます。

(出典:IT media エンタープライズ | シェアの目標数値(しぇあのもくひょうすうち) より作成)

ニューヨーク州でChaseが獲得している39.27%という市場シェアは、ほぼ相対的安定値になっています。つまりChaseはニューヨーク州では、圧倒的優位な地位で事業を展開している銀行なのです。

この圧倒的な地位をより活かすために、Chaseは全米オープンテニスで2つのアクティベーションを仕掛けます。

2-2. Chaseのアクティベーション①:観戦中の困りごとを解消

上でも述べましたが、全米オープンテニスにはリッチでインテリな大人が70万人も訪れます。先ほどあげた過去記事にもありますが、銀行にとって富裕層は重要な顧客です。それはなぜか。まず富裕層はたくさんお金を預けてくれます。そしてそれは銀行の運用原資になります。他にも、節税対策をうたって金融商品を売ったり、資産運用を持ちかけたりと、不動産ローンを組んでもらったり、後に独立となれば法人口座を持ってもらったり、人生という期間でお金にまつわるあれこれを提供でき売上につながる。それが富裕層なのです。

そして、ニューヨーク州で圧倒的なシェアを持つことから、多くのChase富裕層顧客が全米オープンテニスに来ていたはずです。年に1度の特別な機会を通じて、Chaseはその顧客セグメントとの関係強化を図ります。

まずChaseは全米オープンの試合会場で、来場者にスマホ充電器を貸与しました。この充電器、なかなかスグレモノなんです。ただの充電器ではなく、これをスマホに接続すると、インターネット通信もできるのです。

実は、全米オープンは大会の開催に合わせて“us open”というスマホアプリをリリースしました。このアプリを入れると、試合のハイライトを見たり、試合スケジュール、結果、誰がどこで試合&練習をするか、などがわかるようになります。

(出典:IBM | US Open Apps)

多くの来場者はこのアプリを開きながら、試合を観戦たりしていたのです。すると問題になってくることがあります。 “パケ死”と“スマホのバッテリー切れ”です。そこでChaseはバッテリー兼通信ができる機器を来場者に無料貸与したのです。

2-3. Chaseのアクティベーション②:観戦前後の困りごとを解消

もう1つChaseがしたこと。それはラウンジの設置です。全米オープンはニューヨーク市街にあるUSTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センターで開催されます。このテニスセンター、かなり広くて46.5エーカーあります。(出典:IT’S IN QUEENS | USTA Billie Jean King National Tennis Center)

日本人に馴染みのある平方メートルに直すと、約186,155㎡となります。東京ドームのグラウンド面積が13,000㎡なので、10倍強の広さになります。写真をみてもかなり広大な敷地ってことがわかるかと思います。

(出典:有限会社フライト| USTA Billie Jean King National Tennis Center)

そして開催される期間は毎年8月の最終月曜日から2週間です。つまり暑い時期なんです。8月のニューヨークの気温は約30℃。リッチでインテリな大人の観戦者たちは、試合や選手の練習を見たり、グッズを買ったりするために、この広大な会場を周遊するわけです。考えただけで喉が乾いてきました。

そこでChaseは会場にラウンジを設営して、暑さをしのぎ、観戦者がほっと一息つける場所を提供しました。ラウンジでは涼しい室内で軽食、飲み物をとれるほか、試合のライブストリーミングを観ることができます。クールでスタイリッシュな内装なので、汗だく且つ足が疲れ切っている来場者からしたらたまらんですね。

(出典:The POINTS GUY | First Look: Chase’s Newly Renovated Lounge at the US Open より作成)

このラウンジは予約制なので、席が取れないなんてことはありません。下のような特設サイトにアクセスして、自分と最大3名まで同伴者を連れて入ることができます。枠がいっぱいでも、順番待ちリストに登録することができるという利便性の高さも実装されています。

ただ、おわかりかと思いますが予約には条件があります。それは、全米オープンのチケットを持っている&Chaseの銀行口座かクレジットカードを持っているorローンを組んでいる人、限定です。簡単に言うと空港のVIPラウンジのようなものですね。ゴールドカードを持っている人のみ入れるみたいな。

あの広大な敷地を暑い中を1日中、歩き回るのはかなりシンドいと思います。ほとんどの来場者が、「涼しいとこでちょっと休憩してぇなぁ」って思ったハズです。なので、このラウンジを利用した人はかなり助かったのではないでしょうか。

2-4. アクティベーションによるChaseにとってのメリット

もちろんこのアクティベーションによってChaseの契約者がどれだけ増えたか、などは公表されていません。しかし2つの隠れた成果があったと考えられます。

まず1つ目は「既存顧客がロイヤリティの高い顧客に変わった」ということです。Chaseの行ったアクティベーションは全米オープンテニスに来た人たちの“困りごと”を解決するものです。携帯のバッテリー切れ、パケ死、暑い中たくさん歩いたことによる疲労感。Chaseはこういった人々の困りごとを解決する。そして、Chaseのコアファン(ロイヤリティの高い顧客)になってもらおうと考えたのだと思います。

そしてこのロイヤリティの高い顧客を増やすことで得られるメリットがあります。世の中には、パレートの法則なるものが存在します。別名、80:20の法則なんて呼ばれ方もします。抽象的に言うと、“全体の数値の大部分(80%)は全体を構成する一部の要素(20%)が生み出している”という理論です。具体的にビジネスで当てはめると、売上の8割は全顧客の上位2割が生み出している、ってことになります。(出典:Movin Strategic Career | コンサルタントが使う思考法(フレームワーク)・問題解決方法「パレートの法則(80:20の法則)」とは

「やっぱりニューヨークで銀行使うならChaseがお得やでぇ」。全米オープンテニスでの困りごとを解決された富裕層顧客は、しみじみとこんなふうに思い、Chaseのコアファンへと一部変貌した可能性があります。そして彼らは、他80%の一般Chase顧客と比べて何倍もの売上貢献を生み出す顧客基盤となるのです。

2つ目は、新規顧客の増加、です。上でもお話しましたが、ラウンジには最大3名まで同伴者を連れて入れます。Chaseの顧客ではないものの、一緒に行った友人や家族が顧客だったためにラウンジ利用をできた人が多くいたと思います。そういう人は、「やっぱニューヨークに住んでるならChaseを利用するのが得だわね」と思い、Chaseの口座開設に興味を持ったはずです。そして、そんな喜んでくれる友人や家族を見て、Chase顧客も鼻高々だったに違いありません。

3. 日本で富裕層にアプローチできるスポーツイベントとは?

「富裕層多めの大会に協賛すれば、効率的に彼らにアプローチできそうだなぁ」。ここまでで、こう思われた方もいらっしゃるかもしれません。

そもそも富裕層にはどのスポーツが人気なのでしょうか。アメリカの調査会社Wealth-Xは毎年、“The Billionaire Census”という富裕層を分析したレポートを出しています。これによると、富裕層に人気のスポーツは1位 ゴルフ、2位 サッカー、3位 スキー、4位 テニス、5位 バスケとなるようです。このデータは世界の富裕層を対象としたものですが、おそらく日本でもその傾向はさほど変わらないと思います。

(出典:Wealth-X | The Billionaire Census2019 より作成)

そしてスポーツごとに、特に富裕層が多そうな大会というのが存在します。例えばNECが冠スポンサーになっているNEC軽井沢72ゴルフトーナメント。この大会なんかは他の大会よりも富裕層が多いと考えられます。

まずは、軽井沢という立地ですよね。軽井沢って言えば別荘地ってイメージがあるかと思います。2019年の軽井沢町の人口は19,234人、世帯数8,810です。これに対し、別荘の数はなんと16,312!。 おそらく地域住民は1世帯1軒、家を持ってると思います。ということは住民の住戸数の約2倍、別荘が存在するわけです。

(出典:軽井沢町 | 令和2年度 軽井沢町の統計 より作成)

そしてこの大会が開催されるのが、8月14、15、16日という日本人なら誰もが休みたいお盆シーズンです。しかも1年で一番暑い時期。ちゅうことは、別荘を持てるような富裕層が高確率で避暑目的に軽井沢を訪れていると考えられます。そしてゴルフは富裕層に人気。ならば、この別荘に来ている富裕層が多く観戦に訪れている大会だって考えられます。

それとあまり知られていませんが、富裕層、特に経営者の間で密かなブームになっているスポーツがあります。トライアスロンです。是非、「富裕層 トライアスロン」で検索してみてください。かなりの関連記事が出てきます。例えばプレジデントに経営者、特に起業家たちがトライアスロンにハマってる、なんて記事が掲載されたこともあります。(出典:PRESIDENT online | 富裕層の趣味はアート、トライアスロン……経営との共通点

日本国内におけるトライアスロンを統括する団体、(公社)日本トライアスロン連合。彼らは2014年に開催された南紀白浜トライアスロン大会の参加者・観戦者について調査を実施しました。

これによると大会参加者が過去1年間にトライアスロンにかけた費用は475,632円だったそうです。1ヶ月に直すとざっと4万円です。これは富裕層が多いと言われるアマゴルファーがかける金額とほぼ同じです。(出典:golfdigest | 【ゴルファーの実態調査】ゴルフに月にいくら使ってる? 1つのボールをどれくらい使う? ゴルフの費用を大調査 なので、富裕層が多いゴルフと同じぐらいのお金がかかる競技がトライスロンなのです。

4. おわりに

いかがでしたでしょうか。スポーツってけっこう富裕層にアプローチできる有効な手段だったりするんです。日本の人口減少はそう簡単に食い止められそうもありません。であれば、数ではなくお客さん一人あたりの単価を上げていくしかありません。その際により多くの単価を払ってくれる可能性のあるリッチピーポーは、多くの業種にとって重要な顧客であるはずです。

今回はテニス、ちょこっとゴルフ&トライアスロンに絞って記事にしてみました。ただ、富裕層にお近づきになれるスポーツはまだまだありそうです。今後もリッチピーポーにスポーツを使ってアプローチした事例を取り上げていきますので、乞うご期待!!