今回の記事ではコロナ禍において、
「企業はスポーツチーム・団体と今後どのような取り組みを行っていくべきか」
について考えてみたいと思います。
コロナ禍が少しずつではありますが収束に向かい、スポーツチーム・団体も興行の再開に向けて急ピッチで準備を進めている中、スポンサー企業としてできること、このような状況をチャンスに変えるためにはどうすれば良いのかを考えてみたいと思います。
目次
1. はじめに
スポーツチーム・団体と企業との関わり方は様々ありますが、本記事ではスポンサーシップを通じたスポーツチーム・団体との関わり方にフォーカスしたいと思います。
スポンサーシップとは、企業がスポーツチーム・団体に活動資金としてのスポンサー金を供与することであり、スポーツチーム・団体はスポンサー金の額に応じて、スポンサー企業に看板掲載や選手活用などの各種権利を渡します。
企業がスポーツチーム・団体にスポンサーする理由は様々ですが、一義的にはスポーツチーム・団体の抱える「ファンへのリーチ」があげられると思います。
スポーツチーム・団体はスター集団であるがゆえに関係性の強い、一定数のファンを抱えています。
企業はこのファンたちに向けて自社名もしくは自社の製品・サービス名を露出し、知ってもらったり、買ってもらったりするためにスポンサーをします。
一番わかり易い露出形態で言えば、スタジアムに掲げられる看板やユニフォームの胸にプリントされる会社名などがそれにあたります。
言い換えるとスポーツチーム・団体はスポンサー企業にとってのマーケティングパートナーであると言えるかと思います。
この記事では、
■ コロナ禍を経験したスポーツファンの消費者心理、ニーズはどう変化するのかのか?
■ そのファン心理に応じて、スポンサー企業はどのようにファンにリーチし、活路を見出していけばいいのか?
の2つの観点から話していきたいと思います。
2. スタジアム興行再開までの道のり
まず、スタジアム興行再開に向けた見通しについて整理したいと思います。
政府は5月25日に開かれた新型コロナウイルス感染症対策本部にて、イベント開催制限の段階的緩和の目安を発表しました。
これによると屋内イベントについては収容率50%以内、屋外イベントについては十分な間隔を確保することを条件に段階的に(観戦者などの)収容人数の上限を上げていき、8月1日を目処に人数の上限はなくなります。
これを受けて、7月4日(土)からJ1リーグを再開、6月27日(土)からJ2リーグを再開、J3リーグを開幕することが決定されました。
プロ野球でも6月19日に無観客で公式戦を開幕することが発表され、早ければ7月10日に観客を入れて試合を開催するとの報道もあります。
つまり、屋内、屋外競技ともに制限はありつつも、スタジアム興行は段階的に再開され、8月には従来の姿に近い形でスタジアム興行が戻ってくるという見通しになっています。
以上の情報をまとめると、スタジアム興行再開への道筋は大きく3つのステップに分類できるかと思います。
このステップ感を前提に上述した2つの観点である、「ファンの消費者心理はどうなっていて」、「それに応じてスポンサー企業はどのようにファンにアプローチし、チャンスを掴んでいけるのか」を考えていきたいと思います。
ただ、ファンにリーチするための策は当然ながらスポーツチーム・団体との合意があった上で成り立つものです。
この記事をご覧になっているスポンサー企業の方にはこの前提に立った上で、「こういう事例や考え方もあるか」と参考にしていただき、スポーツチーム・団体との検討のタネにしていただければと思います。
3. ステップ1 自粛期:ファンの「コロナで困った」をチャンスに変える
このステップについては現時点で進行中のものであり、上述した政府のスタジアム興行再開までの道筋から言うと、この期間は終わりつつありますので簡単に触れておきたいと思います。
ここでのファンの消費者としての心理はというと、
「どこにも行けなくて退屈だな」
「コロナのせいで色々な面で(生活面、金銭面etc)困ってる」
などがあげられるのではないでしょうか。
企業がスポンサー金を支払い、その対価として広告掲載などの権利をスポーツチーム・団体からもらい、活用(Activate)していくことを、スポンサー・アクティベーションという言い方をしますが、オンラインによって企業の露出を確保することは“デジタル・アクティベーション”と呼ばれています。
ステップ1においては、このデジタル・アクティベーションという形で企業はファンにアプローチするのが主流となっています。
わかりやすい事例で言えば、スポーツチーム・団体のHP上に特設サイトを開設してもらい、企業ロゴを掲載するもの。これについてはJリーグのほぼ全てのクラブで採用されており、NHLのチームも実施しています。
その中でも、ファンの「困った」に着目して、ファンにアプローチしている事例も見られます。
例えばFC東京のHPでは「#青赤スポンサーと乗り越えよう」と題して、コロナ禍において何かしら困っているファンに向けて、利活用してほしいスポンサー企業の製品・サービスが紹介されています。
ファンは自分たちが応援するスポーツチーム・団体をスポンサーする企業の名前は把握していますが、スポンサー企業の具体的な製品やサービスについては深く熟知していないというのも事実かと思います。
新型コロナウィルスが蔓延しあらゆる面でファンが困窮する中で、スポーツチーム・団体を介して自社の強みや製品・サービスを全面に打ち出し、ファンへアプローチしようとしている事例です。
デジタル・アクティベーションによって、ファンの退屈な気持ちを軽減するような事例もありました。
川崎フロンターレは「オンラインフロンパーク」と題して、オンライン上のコミュニケーションサイトを実験的に導入しました。
これはオンライン上でファン、サポートショップ、地域住民、スポンサー企業が交流できるもので、2009年以来、ホームゲーム開催日にスタジアム周辺で実施してきた「川崎フロンパーク」のオンライン版となります。
スタジアム興行の再開まであと少しですが、このように様々なスポンサー企業が、オンライン上でファンの「退屈だな」、「コロナ禍で困ったな」というニーズに応えることで、この時期をチャンスに変える様々な工夫を既にされています。
4. ステップ2 移行期:ファンの「スタジアム・競技場に行きたいけどちょっと抵抗感ある」をチャンスに変える
ステップ2においては、屋内、屋外ともに数千人規模の興行が可能とされています。
ではこのステップにおけるファンの心理はどうなると想像できるでしょうか。
ステップ2はスタジアム・競技場での観戦が社会的に許容されている状態であるものの、ニュースなどで「第2波」、「3日ぶりに2桁の感染者」などが報じられる状況で、まだまだ感染のリスクは否定できないという状態です。
そこで、ファンの心理としては、
「まだ感染は怖い。でもスタジアム・競技場の臨場感の中で観戦したい。」
があげられるかと思います。
このファン心理に応える企画の一例として、デンマークのプロサッカーリーグ、デンマーク・スーペルリーガに所属するFCミッティランの事例をご紹介します。
6月1日のホームゲームにおいて、スタジアム外の駐車場に巨大スクリーンを設置し、ファンが車の中から試合を観戦する“ドライブイン”方式を採用しました。ファンは車の中から巨大スクリーンに映る試合を観戦するとともにカーラジオから流れる解説を聞くことができ、他のファンとのソーシャルディスタンスを確保しつつ、一定の一体感や臨場感を醸成できます。
この取組ではスポンサー企業もメリットを得ています。同チームと提携する地元のケータリング企業であるキッチンパイレーツ社は、車の中で観戦するファンたちに飲食サービスを提供しました。同社は予約サイトを作成してファンに事前注文してもらい、試合当日に車の中で観戦するファンたちにフードとドリンクを配送するというサービスを実施しました。これにより、キッチンパイレーツ社は毎試合ごとの飲食売上のみでなく、予約サイトへの新規登録者情報を入手でき、次のビジネスに展開可能な情報を得られます。
このドライブイン方式は海外を中心に映画などのエンターテイメントコンテンツで古くからあった形式を転用したものですが、ドライブイン方式でなくとも、他のパブリックビューイング会場で同様の施策は可能と考えられます。
ステップ2は、デジタル・アクティベーションとスタジアム・競技場等での露出のハイブリッド形式がメインになろうかと思いますが、それに加えて「コロナは怖いけど、臨場感のある中で試合は見たい」というファンのニーズをスポーツチーム・団体とともに叶えていくというアイデアは参考になるのではないでしょうか。
5. ステップ3 再開期:ファンの「家じゃできない体験がしたい」をチャンスに変える
ステップ3はいよいよ従来にかなり近い形でスタジアム・競技場における興行が可能になるとされているステップです。
選手たちもファンの前でプレーできる喜びを噛み締めながら試合に臨むのではないでしょうか。
しかしながら、米国では90%のライブ参加経験者がロックダウン中にライブ音楽の欠如を補う方法を見つけ出したという調査結果もあり、(参照:Billboard JAPAN│「新型コロナ収束後のコンサート参加に関する最新米調査発表」)スポーツ観戦においても、観戦経験者の何割かは今回のステイホーム期間中に、スタジアム・競技場で観戦したいという欲求を満たす代替コンテンツを見つけてしまっている可能性があります。
消費者がステイホーム中に消費できる代替コンテンツを見つけたということ、またそれに伴うファン心理は以下のように整理できると思います。
コロナ禍発生前では、ファンの「観戦したいという欲求」を満たす選択肢として、真っ先に思い浮かぶのがスタジアム・競技場での観戦でした。しかし新型コロナウィルスの蔓延によって、動画配信などを通じて、エンターテイメントコンテンツが日常に組み込まれ、巣ごもり消費の質が高まりました。
結果としてファンの中で、「ただ試合を観戦するだけなら、家でも満足できるからあえてスタジアム・競技場までいかなくてもいいか」という心理が今までよりも強く働く可能性があります。
しかし一方で、近年の「モノ消費からコト消費」へという体験を求める消費者ニーズの高まりは以前として続くことが考えられ、いくら日常が豊かになろうとも、消費者が非日常体験を求めるという欲求が無くなるとは考えづらいです。
よってステップ3におけるファンの心理としては、
「家じゃできない体験がしたい」
ということになろうかと思います。
つまり、巣ごもり消費ではできない非日常体験をスタジアム・競技場において作り上げ、ファンの「家でもいいじゃん」という心理を超えるような特別体験を演出することが求められるのです。いわば、スタジアム・競技場に行くことを、自宅にはない「ハレ消費」に昇華し、ファンを家から引っ張り出す必要が出てくるのです。
そこで、スポンサー企業は、スポーツチーム・団体とともに「スタジアム・競技場における特別体験」を一緒に作り上げ、自社の製品・サービス価値をアピール・体験してもらう、というのはどうでしょうか。
スタジアム・競技場における特別体験はファンにとって印象深いものとなり、結果としてファンへの訴求力も強くなります。
また、旅行に代表されるような高いレベルの非日常体験であるほど、滞在時間が長くなり、それに応じて、消費欲求も換気され、使う金額も大きくなります。
このスポンサー企業とスポーツチーム・団体がともに作り上げる特別体験については、東京ディズニーリゾートが参考になるかと思います。
ご存知の通り、東京ディズニーリゾートでは、東京ディズニーランドを起点とし、滞在時間を延ばし、消費を喚起する様々な仕掛けが施されています。
東京ディズニーランド内では、ハードコンテンツとしてのアトラクションや、ソフトコンテンツとしてのショーやサブイベントがNTT Docomo、花王、キッコーマンなどの企業がスポンサーとなり拡充され続けています。また、周辺にはイクスピアリなどの商業施設も附帯され、来場者を対象としたホテルも数多くあります。
上の2つのグラフですが、1つ目が「コンテンツ拡充の変遷と年間来場者数」、2つ目が「ゲスト1人当たり売上高の推移」となります。
これらのグラフからわかるように、東京ディズニーリゾートでは来場者の体験価値を向上し、滞在時間の延伸につなげることで、来場者の消費単価を増加し続けることに成功しています。
もちろん、常設コンテンツである東京ディズニーリゾートと、年開催数に限りのあるスポーツ興行ではかけられる投資にも限りもありますし、様々なステイクホルダーが関わっている中で権利関係による制限等もあるかと思います。
ここでのポイントは、ファンの高まった非日常体験への欲求を、観戦前~観戦後までのファンのカスタマージャーニーの中でいかに満たしていけるのかを考えることが大事、ということです。
「既存のタッチポイントで体験価値を向上できないか」、「新しくタッチポイントを作り、体験価値を向上できないか」と考えることによって、来る人の数の増大、来た人の滞在時間の延伸、そして非日常としての体験価値の向上につながる施策を検討するのです。
スタジアム・競技場に来る人の目的は一義的にはスポーツ観戦であろうかと思います。ただコロナ禍によってスポーツ観戦に代わるコンテンツが作られ、家にいてもスポーツ観戦をしたいという欲求は満たされるようになってしまいました。
ならばスポーツ観戦に付随するコンテンツを設置し、ファンがテーマパークに求めるような非日常体験を提供することで、「スタジアム・競技場にあるのはスポーツ観戦だけじゃないのか。これは家では経験できないね」とファンが感じる特別な時間を提供するのです。
こういった企画はスポーツチーム・団体だけでできるものではありません。スポーツチーム・団体が持つコンテンツは究極的に言えば試合のみです。スタジアム・競技場におけるコンテンツを増やすには、試合以外のコンテンツを作ることのできる企業の協力が不可欠となります。
スポンサー企業は、スタジアム・競技場に来る人を増やし、長く居てもらうコンテンツを通じて、ファンとの間により深い関係性を構築することができます。
これによって、ファンに知ってほしい、購入してほしい製品・サービスをその場で強力に訴求できることに加え、LTV(Life Time Value)の高い顧客になってもらえるというメリットもあります。
LTVとは顧客生涯価値と訳され、ある顧客が企業と取引を始めてから終了するまでの期間において、どれだけの利益をもたらすのかを算出したものです。簡単に言うと、どれだけその企業から製品・サービスを購入し続けてくれるのか、と言い換えられるかもしれません。
特別体験の提供は、顧客がその企業に好印象をいだき、1回限りの取引だけで関係を終わらせるのではなく、継続的に製品・サービスを購入し続けてくれる長期的な関係づくりにも寄与しうるのです。
最後に付け加えておきますが、スタジアム・競技場における特別体験というとテクノロジーの活用を思い浮かべがちです。近年はスポーツテックがかつてないほどの盛り上がりを見せており、キャッシュレス、観戦アプリ、オーロラビジョンなどスタジアムにおける利便性の向上、ワクワク感の創出といった観点からあらゆる技術が開発されています。そういった技術の紹介はまた別の機会に記事にしたいと思います。