あるお客さんのご発言。「アクティベーション事例の記事ってよく読むんですけど、結局誰にどんなメリットがある話なのかよく分かんないんですよね?」と言われ、アクティベーションモデル図を作ろうと決心して早2週間。本日はその2本目の記事になります。
突然ですがみなさん、クレジットーカード持ってますか?おそらくほとんどの人が「持っている」「持っていた」とお答えになるのではないでしょうか。JCBの調査によると、日本では約85%の人がクレカホルダーのようです。(出典:クレジットカードの読み物 | 2020年現在のクレジットカード保有率はどのくらい?あわせて男女別や年代別のカード保有率など、発行枚数に関する統計データも紹介。)
かくいう私も「いつもニコニコ現金払い」を信条にしていますが、お財布に2枚ほどしのばせています。
今日の記事はあるクレジットカード会社がスポーツを使って同業他社に差をつけた事例についてのお話です。
それではまいります!
目次
1. はじめに(アクティベーションモデル図の見方)
まずはアクティベーションモデル図の説明となります。
こちらについては別記事でまとめていますので、以下を参照いただければと思います。1分で読み終わります。
2. VISAがオリンピックスポンサー利権をどのように活用して独占的な市場シェアを築いたのか(アクティベーションモデル図を使って説明)
①VISAの経営課題
1950年代、ダイナースクラブが設立されたことを皮切りに、米国ではクレジットカードが浸透していきます。1958年にはVISA、AMEXが発行されました。
今回の記事はそのVISAのお話です。VISAは世界シェアを拡大したい、という経営課題を持っていました。クレジットカードというのは利用者数と利用可能店舗が比例します。利用者数が多ければ、そのクレジットカードを利用できるようにしたいと考える店舗も増えるのです。
1980年代、VISA、AMEX、MasterCardは利用者の獲得にしのぎを削っていました。1987年時点で、市場シェアではAMEXが61%、MasterCardが21%、VISAが18%でした。
3社は富裕層を中心に利用者拡大に努めていましたが、富裕層の数には限りがあります。新規加入者の成長率は徐々に鈍化していく中、VISAは次の一手を考えていました。
ではVISAの次の一手とは何だったのでしょうか?
②経営課題解決のためにVISAはどこに目をつけた?
さらなる利用者拡大を狙ったVISAは富裕層のみならず、それ以下の中間所得層の利用者拡大にかじを切ります。そこで目をつけたのがオリンピックだったと考えられます。
みなさん、オリンピックの来場者数ってご存知ですか?下のグラフは、歴代のオリンピック来場者数を表したものです。弊社があらゆるサイトからデータをかき集めて作ったものなので、多少の誤差はあるかもしれませんが大体の桁感はあっていると思います。
これを見ると分かる通り、オリンピックには数百万単位の人が来場します。コロナウィルスによって開催が不安視される東京オリンピックも780万人の来場者が見込まれていました(コロナ禍以前予測)。
2019年のJリーグの平均来場者数が約2万人なので、どれだけ多くの人が4年に一度の祭典を見に来るかがわかるかと思います。
なお、TV等を通じた視聴者数に至っては累計で数十億人にまで膨れ上がります。2016年リオ・デ・ジャネイロオリンピックのTV視聴者数は36億人とも言われています。(出典:REUTERS |五輪=リオ大会テレビ視聴者数、ロンドン大会とほぼ同じとの予想)
このようにオリンピックというのは世界的に注目を集め、多くの人が来場するイベントなのです。VISAはこのオリンピックの持つ「世界中から人を集めるという集客機能」に着目します。
ではVISAはどこにスポンサーし、どんな権利をもらってアクティベーションをしたのでしょうか?
③VISAが得た権利は?
そんなVISAはIOCにスポンサーすることにします。スポンサーを開始した大会は1988年、ソウル夏季オリンピックとカルガリー冬季オリンピックでした。以来、VISAは継続的にオリンピックにスポンサーしており、最近では2032年までのスポンサー契約延長を発表しています。
IOCとスポンサー契約を結んだVISAは広告掲載権などを得ますが、獲得した権利の中で最も強力だったものがあります。それはオリンピック会場内の決済システムの独占権、です。
これがライバルのAMEXからの市場シェア逆転に大きく貢献したと考えられます。
④得た権利をVISAはどのように活用した?
VISAはIOCと協議の上、チケット購入とオリンピック会場における物販の支払いを「現金もしくはVISAカード」のみにします。1988年2月10日発行のNYタイムズにはこう記されています。
“”Bring your camera and your Visa card” ”because the Olympics don’t take place all the time and, this time, the Olympics don’t take American Express.” (出典:The New York Times | Advertising; Visa Aims At American Express)
要は「オリンピック会場にはVISAカードを持ってこい。AMEXは持ってくんな」とかなり過激なキャンペーンを打ちました。この広告をみたAMEX幹部が激おこだったのは言うまでもありません。
上の写真はロンドンオリンピックの売店のレジの様子ですが、デカデカと「only Visa」と記されています。またこの決済システムの独占はレジだけではありません。会場内の飲料を買う自動販売機でさえも現金かVISA、という徹底ぶりでした。
結果:どんな効果・結果が得られた?
もちろんオリンピック関連の施策だけによるものではありませんが、現在のVISAの市場シェアは圧倒的です。下のグラフは2017年時点の世界のクレジットカード別の取引額を表したものです。クレカホルダーによって決済される取引のうち半分がVISAによるものであることがわかります。一方、AMEXはというとVISAに大きく引き離されています。
もう一度冒頭の円グラフを見てもらえるとわかりますが、立場が逆転したことは明白です。
【再掲】VISAのアクティベーションモデル図
おわりに
スポーツは多くの人を集める集客装置としての機能を持っています。今回の事例は、集客装置を使って“利用者のイケス”を作った。でも競合他社には「絶対にイケスの魚を釣る権利は渡さない」という事例であったかと思います。
その後、VISAはオリンピックでの成功に味を占めたのか、NFLや、FIFA World Cupなどの大型スポンサーも継続して実施してきています。
ある掲示板サイトの情報ではありますが、そこでVISAの元Vice PresidentであるShultz氏がVISAの現在の独占的な市場シェア獲得の理由についてこのように回答しています:
「2つあるけど、1つは世界的なスポーツイベントへのスポンサーさ」
※意訳ですので詳細は以下出典をご確認ください
(出典:Quora | Why does Visa have the most dominant market share among card issuers?)
ただ、このようなアクティベーション施策にはデメリットも一部あります。
記憶に新しい2019年のラグビーワールドカップ。メインスポンサーにはHeinekenがいました。Heinekenも同様にスタジアム内のビール販売権を独占しました。もちろんこれはスポンサーとしては当然の権利です。
Heinekenは1995年からラグビーワールドカップに協賛していることから、「ラグビーと言えばやっぱりHeinekenだよね」と思う観客も多数いるはずです。
しかし、Heinekenはもともとオランダを拠点にヨーロッパで広く親しまれているビールです。ヨーロッパからきたファンの中には自分たちが普段飲んでいるHeinekenが売られていることに安心感を覚えつつも、日本のビールも飲みたい、と思った人もいるかと思います。実際に、SNSではHeinekenしか飲めないことへの不満の声もやはりありました。
このように競合他社を締め出すということは、一部の利用者の利便性を損ねる可能性もあるのです。結果的にその一部の層に対する印象悪化に繋がる可能性もある点は考慮が必要と言えそうです。