みなさん、自己肯定感もってますか?最近この自己肯定感って言葉をよく見かける気がします。Amazonで「自己肯定感」なんて検索した日には、心理学者やらコーチングやらの本がわんさか出てきます。
Googleで検索しても、“自己肯定感をあげる方法!”とか“自己肯定感が低い人の特徴”みたいな記事が目白押しです。
今回の記事は国民の自己肯定感と売上の関係に目をつけ、継続的な売上減少に歯止めをかけるべくスポーツを活用したドラッグストアのお話です。「自己肯定感が売上とどう関係あんの?」「なんかちょっと胡散臭いな」と思ったアナタ。ぜひぜひ最後までお読みいただければ幸いです。
なお今回の記事は、小学校の時に好きな子から「黙れブサイク」と言われて以来、自己肯定感が影を潜めているサセがお送りします。
目次
1. イギリス最大手のドラッグストアチェーンBoots
今回の主役はイギリスのドラッグストアチェーンのBootsです。Bootsはイギリス国内で約2,300店舗を展開する、イギリス最王手のドラッグストアチェーンです。日本で言うとウエルシアとかツルハのようなもので、どこに出かけてもBootsと出会ってしまう。そんなドラッグストアです。
Bootsが日本の有名ドラッグストアと大きく異なる点があります。それは美容に力を入れている点です。BootsのHPにはthe UK’s leading pharmacy-led health and beauty retailerと書いてあります。冒頭の店舗の写真にもHEALTH & BEAUTYとデカデカと書いてあります。
Bootsはただ美容製品を売っているだけでなく、自社ブランドも持っています。つまり自分たちで商品開発をして、Bootsオリジナルのプライベート商品として売っているわけです。このプライベート商品は幅広い層に人気ですが、特にお金のない若い世代からの人気は絶大です。タダの小売業者ではなく人気メーカーとしての機能も持っているってことですね。Boots、なかなかやりよる。
そんなBootsは2014年に、アメリカの大手ドラッグストアチェーンであるウォルグリーンに買収されました。Bootsとウォルグリーンはホールディングカンパニーとしてウォルグリーンブーツアライアンスを設立しました。
要は↓のような組織構造になったということです。
2. Bootsの課題:やばっ、イギリス国内の売上が下がってるんだけど…
そんなBootsは、ある課題を抱えていました。それはイギリス国内の売上が継続的に減少してる、という悩みでした。ウォルグリーンブーツアライアンス傘下に入った翌年から2016年にかけて売上は約1.5倍に成長しています。しかし、2017-2018年には微増。そして2018年以降は右肩下がりの絶不調です。
ここでBootsはこの売上減少を「どげんかせんといけん」と考えます。ドラッグストアの国内売上は当然ながら人口の増減に影響さされます。では同時期のイギリスの人口はどうだったかというと…、2015年は6千511万人です。そのあとは6千560万人(2016)→6千600万人(2017)→6千640万人(2018)→6千680万人(2019)→6千726万人(2020)です。つまり、順調に増えています。
人口減少による売上減少ではないとすると、他にどのような要因が考えられるでしょうか?ECなどの競合チャネルに販売シェアを奪われてる、商品の平均購入価格が下がっている、などの複数の原因仮説が考えられますが、Bootsはある1つの意外な要因に着目したと考えられます。それは…
というものです。
頭の中で「ハァ?」と思ったアナタに順を追って説明していきます。
2-1. イギリスの若者の自己肯定感の低下
まず、イギリスの若者の自己肯定感とか自信が下がっていることを示す調査結果があります。みなさんは内閣府が実施した調査、「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」なるものを知ってますでしょうか。この調査は2013年と2018年の2回実施されており、日本と諸外国の若者の意識を比較したものです。調査対象は7カ国の13-29歳までの男女で、(1)人生観関係 (2)国家・社会関係 (3)地域社会・ボランティア関係(4)職業関係 (5)学校関係 (6)家庭関係、についてアンケートをとっています。
この調査のアンケート項目の中に、「アナタは自分自身に満足してまっか?」という質問があります。2013年から2018年の5年間で、そう思わない(どちらかというとそう思わない&そう思わない)と答えた若者の割合が増えている国。それがイギリスとスウェーデンなのです(日本の割合が激高なのが気になりますが…)。しかもスウェーデンが+0.3%増加なのに対し、イギリスは+3.2%も増えています。つまりイギリスでは、自分自身に満足していない≒いまの自分を認めていない≒自己肯定感が低い、若者の割合が増えているのです。
Bootsも若者の自己肯定感について独自に調査を実施しています。その結果、期間は明らかにされていませんが、彼らは、”Teenage girls feel their confidence falls by 30%”と公表しています。(出典:Boots | Boots: Proud partner of women’s football)
2-2. 自己肯定感と行動量の関係
次に自己肯定感が下がる→行動量が減る、についてです。
こちらは自己肯定感とPhysical activity(運動量)に正の相関があることを統計的に示した研究があります。要は、自己肯定感が高くなると、Physical activity(運動量)が多くなる、って関係があるようです。(出典:PMC| Physical activity and self-esteem: testing direct and indirect relationships associated with psychological and physical mechanisms)
また、自己肯定感と密接な関わりがあるものとして、心理学者バンデューラさんが提唱した自己効力感ってのもあります。心理学的な詳細は省きますが、ざっくり言うと、自己肯定感は「今の自分でOK」って感覚。自己効力感は「ワタシはできる!」って感覚。そして、自己肯定感が上がると自己効力感も高くなるという正の相関があります。(出典:神山晃男 | 自己肯定感と自己効力感)
そして自己効力感が高い人は「ワタシはできる!Yes、I can」と積極的に行動すると言われています。(出典:モチラボ| 自己効力感)
確かにワタシの周りでも自己肯定感とか効力感が高い友人はやたら行動的だったりします。週末にちょっと福岡に旅行行ってきたわ、みたいな。ワタシからすると週末の2日間で福岡旅行するかね、って感じですが彼らからすると普通だったりします。
2-3. 行動量と美容品消費の関係
ちゅうことはですよ、自己肯定感(自己効力感)が低いと、人の行動量は減りがちってことです。行動量が減るって具体的にはどういうことでしょうか。例えば家から出なくなる、会食に参加しなくなる、同性・異性との交流を避けるなどがあると思います。すると女性の場合は外に出ないので、化粧をしなくなります。
実際にこのコロナ自粛(外出しない)で売れなくなったものランキングに、化粧グッズが多く上位を占めています。そりゃそうですよね。外に出なくていいなら、一日中ドすっぴんで過ごす女性が多くなります。だから化粧品が売れないってことです。
まとめると、どうせワタシなんて… → 外出しない → 化粧をしない → 化粧品を買わなくなる、という悪魔の連鎖が生じる。ココにBootsは目をつけたと考えられます。
3. 女性客の美容品消費を促すために選んだパートナー
この悪魔の連鎖を断ち切るためにBootsはイギリス4か国+アイルランドのサッカー女子代表に目をつけました。イギリスは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドから構成される国です。男子・女子ともにサッカーの代表チームはこの4カ国単位で存在します。
2019年4月、Bootsはこの4つの国+アイルランドの女子代表チームと3年間のスポンサー契約を結びました。
ではそもそもなぜサッカーの女子代表チームだったのでしょうか。それは単純に人気が高いからです。イギリスの30歳以下の女性がTVで観るスポーツで最も人気なのはサッカーです。30歳以下の女性の78%が、最もTV観戦するスポーツをサッカーと答えています。(出典:REPUCOM | WOMEN AND SPORT)
競技人口でみてもその人気が高いことがわかります。イギリス全体の女性の人口が約3,300万人。これに対して、女性のサッカー競技人口は約18万人にものぼります。日本にはイギリスの倍の約6,400万人の女性がいます。これに対して、女性のサッカー競技人口は約5万人なのです。女性人口は半分であるにも関わらず、サッカーの競技人口は4倍近くいるってことです。
このようにイギリスでは女性の間でもサッカーが人気スポーツっちゅうワケです。
4. サッカー女子代表と共にBootsがしたこと
4-1. Bootsの取り組みの大枠
Bootsは日焼け止めや、制汗剤等の観戦に伴う商品をサッカー女子代表特設サイトで販売しています。ただ、これらは短期的視点に立った策です。しかし、女の子の自己肯定感の向上→売上増という、長期的な視点に立った策にこそBootsの真の狙いがあったように思います。
ではでは、サッカー女子代表を使って、Bootsは女の子たちの自己肯定感を上げるために何をしたのでしょうか。
5つの女子代表チームとのパートナーシップを紹介するBootsのHPにこんなことが書かれています。
要は、①ロールモデルがいない、②女性の自信が減少している、③女性はサッカーをしている時は自信を感じられる、ってことです。②については上でも少しふれました。
この3つはざっくり、“いま”と“未来(将来)”って分類できるかと思います。まず②、③は“いま”イギリスの女の子たちは自信を失っている。でも、サッカーをしてるときは自信が持てる、ってことです。①は“将来”目指したい姿がない、ってことです。
人が生き生きと生きていくための第一歩として、いまの自分を受け入れ、自信を持つこと、があげられます。それから自らの主体性、自発性が生まれるのです。(出典:愛媛産業保健総合支援センター| 自己肯定と自己受容から始める)
ただ、主体性とか自発性が生まれても、何を目指していいのかわからないと、人生迷子になってしまいます。そこで必要なのがロールモデルです。ロールモデルとは「あの人みたいになりたい!」という人生を生きていく上での目標となる存在です。ワタシもサッカーの中田英寿選手をロールモデルにしていた時代がありました。1ミクロンも中田さんの背中は見えてきませんが…。
Bootsはイギリスの女の子に“いまの自分に自信を持ってほしい(自己肯定感を上げてほしい)。そして(自己肯定感を持ち続け)将来の目標に向かって生きてほしい”と思ったのです。そして、“自己肯定感が上がったら、たくさん外出して、Bootsで美容商品お買い物してね”と考えたのではないでしょうか。
4-2. 具体的なアクティベーション
まずは、イギリスの若い女の子が“いま”自信を持つためにBootsが5カ国の代表チームの選手を使ってしたことです。
「“いま”イギリスの女の子たちは自信を失っている。でもサッカーをしてるときは自信が持てる」ことを突き止めたBoots。彼らは自社のホームページに代表チームの選手を使った特設ページを作りました。そのページで、各代表選手に行った「自信」に関するインタビュー記事を公開しました。
インタビューは、“自信って何?” “自信を持つことができない人へのアドバイスは?”などの質問で構成されています。
この質問に対して、女の子の憧れの存在である代表選手たちが、自信を持つことの素晴らしさ、自信を持つために心がけたコトなどについて答えています。これによってイギリスの女の子の自信を取り戻そうとしたのです。
次に、イギリスの女の子はサッカーをしてるときは自信が持てる、についても策を打ちます。これは単純に、サッカーをする女の子が増えれば、自信を感じる人が増えるってことです。そこでBootsは、代表チームの選手ではないのですが3人の女性フリースタイルフットボーラーによるストリートパフォーマンスを企画しました。これによってサッカーへの興味関心を引きつけ、サッカーやってみたい!と思う女の子を増やそうとしたのです。
次に、女の子たちの将来(≒ロールモデル)についてです。Bootsは、代表選手を女の子たちのロールモデルにしてもらおうと考えました。そこで2つの企画を実施します。1つはイギリスの女の子からの質問に回答する動画、2つ目は 選手の1日の過ごし方を紹介する記事です。これにより代表選手のサッカーに対する熱い思いや、日常を見せることで親近感を持ってもらい、少女たちのロールモデルになってもらおう、という企画です。
これらの企画は2019年に始まっているので、具体的な成果はまだ公表されていません。ただ、Twitter上の反応を見ると、そこそこの反応があったように思えます。Boots公式アカウントの平均リツイート数はだいたい10件以下、“いいね”数は数十件です。このパートナーシップに関するツイートについてはリツイート数が276件、“いいね”数は1,041件です。普段のツイートと比べれば、それなりの反応を得ていると言えますね。
また“Well done Boots, from a football fan”やら、“Welcome to the supporting family…we’ve been here for years and so pleased to see you’ve joined us”といった好意的なコメントが寄せられています。
イギリスの女の子たちの自己肯定感が上がり、化粧品を買うようになってBootsの売上が右肩上がりになる。そんな日が来てくれることを願うばかりでございます。
5. おわりに
今回は、女性の自己肯定感の低下というかなり根本的な問題に着眼したBootsの事例の考察でした。長期的な視点に立って行う取り組みなので、短期的な成果として驚きの結果はまだ現れていません。しかし、社会的な意義と、企業の持続可能性も含めた経営的メリットを掛け合わせたおもしろい事例だと思います。これによりBootsの経営指標が今後どのように変化していくか見ていきたいですね。
台湾、ニュージーランド、アイスランド、フィンランドで女性リーダーが誕生し、国を牽引しています。コロナ禍において、これらの国は感染拡大を最小化し、国際的にも高い評価を得ています。ワタシは別にフェミニストではありません。ただ、中立的に見て女性の活躍はもっと推進されるべき、と感じます。正しいことを正しくやる能力、利権へ必要以上に固執しない公平さなど、女性の方が優れていると思われる点はたくさんあります。
女性が高い自己肯定感を持って強みを活かして活躍できる社会。そんな社会を実現するために企業がスポーツチームと組んで、ビジネスとして相互にメリットのある形でできる施策はたくさんありそうです。今後もスポーツを活用して経営課題を解決した国内外の事例を調査・分析し、スポンサーシップのビジネスとしての活用方法を検討するための材料となる記事にして取り上げていきたいと思います。SNSフォローやシェアどうぞよろしくお願いいたします。
小学校の時、ワタシに「黙れブサイク」って言ったあの子も、社会のどこかで活躍していることを願い、この記事を終わりたいと思います。