これまでの記事は、多くが「誰が(スポンサー企業が)、誰と(どのスポーツチームと)、誰に(顧客)」という視点で書いてきました。いわば、モノ売りというマーケティング・販促文脈です。

ただ、売る前のステップ、つまり製品・サービス開発の段階でスポーツチームと協力することもできるんです。スポーツチームは高い集客力や拡散力から、広告や販促に利活用されがちです。でも実は、ともに製品・サービスを作り上げるパートナーにもなりうるのです。今回は、そんな社運を左右する製品・サービス作りに、スポーツを上手く活用したお話です。

なおこの記事は、ゴルフにおけるデータ分析のバイブルである「ゴルフ データ革命」を 最近購入したキムラがお送りいたします。

1. 企業イメージ改善&市場開拓できちゃった事例(海外)

1つ目の事例として、ドイツのソフトウェア大手、SAP社の事例をご紹介しましょう。

①きっかけ

SAPは企業向けのビジネスアプリケーションソフトなどを提供する企業です。みなさんの会社にも入ってませんか?青い画面のSAPが。SAPの年間売上はグローバルで約276億ユーロ(約3.5兆円)。日本企業だとブリヂストンと同規模の売り上げ規模を誇るIT界の巨人です。

2006年ごろ、IT界では“クラウドシステム”やら“ビッグデータ”が注目を集めつつありました。2006年11月のThe Economistの中で、当時のGoogle CEOは「これからはクラウドの時代やで」と言っています。(出典:日経XTECH | 10年で様変わりした「クラウド」 ) 

新興ベンチャー企業がクラウドサービスやらビッグデータ解析サービスの展開をし始める中、当時ERPパッケージを主力商品としていたSAPはある課題を抱えていました。それは、SAP”レガシーシステムを売っている“というイメージが芽生えてきてしまったのです。レガシーシステムとは簡単に言うと、“時代遅れのシステム”ってことです。そんな中、SAPは「うちだって最新技術持ってるで!!」と世間に知らしめたかったはずです。

(出典:Wikipedia | SAP AG Headquarter)

実際に当時のSAPは超高速でビッグデータ処理が可能な新型データベース(SAP HANA)の開発に着手していました。この“超高速技術”をどうやって社会に知ってもらい、最新技術持ってるで!とアピールしていくのか。そこで目を付けたのがスポーツでした。スポーツで求められる“リアルタイムな分析”と”膨大な映像データ”の超高速処理技術。そこに親和性アリ!と考えたSAPは、サッカードイツ代表と手を組むことにします。(出典:Victory |ドイツをW杯王者に導いたIT界の巨人「SAP」は、なぜスポーツ産業へと参入したのか?~前編~)

②取り組み内容

SAPはドイツサッカー連盟と、代表チームの試合データを受領する契約を結びます。これをもとにSAPは選手の動き、ボールポゼッション、連動性などあらゆるデータを徹底的に分析することにしました。

SAP 」と。ボール保持時間とは選手一人がボールをキープする平均時間。これがSAPの分析によって、2006年時点で2.8秒であることがわかりました。コーチ陣はこの結果から、もっと素早くパスを回せば、相手チームに対して優位に立てるのではないかとひらめいちゃいます。

それからいかにパス回しを早くするかに重点を置いてトレーニングを始めました。その結果2年後の2008年には平均1.8秒。さらに2年後の2010年にはなんと1.0秒と半分以下にまで短縮されました。これは代表チームだけではなく、国内各クラブや下部組織にまで徹底されたとのことです。国を挙げて同じポイントの強化に注力すれば、選手が入れ替わってもチームとしてのレベルを維持できるということです。(出典:ダイアモンド IT&ビジネス|サッカーW杯優勝のドイツ代表が8年間改善してきた「数字」とは?)

③結果

ボール保持時間を縮めてスピード感あるサッカーを展開したドイツ代表。2014年には平均1秒未満を記録するようになり、「超高速サッカー」によって同年のブラジルW杯で優勝に輝きました。

余談ですが、このときの優勝チームの10番を背負っていたのが、後にヴィッセル神戸に加入したルーカス・ポドルスキ選手です。

(出典:The Hollywood Reporter|World Cup 2014 by the Numbers)

この分析とドイツ代表があげた成果はSAPに大きなメリットをもたらしました。この事例を足掛かりにスポーツデータ分析市場への参入に成功したのです。ドイツサッカーに提供したような分析ツールをパッケージ化し、”SAP Sports One”として製品化しました。

加えて、スポーツ×データという比較的未開拓な領域で存在感を示したことで、業績にも好影響をもたらしました。売上成長率をみても、2011-2015年は平均年間3.9%増なのに対し、2015-2019年は平均年間7.3%増となっています。 (出典:SAP 2019 Annual Report on Form 20-F)

もちろんこの成長率がすべてドイツ代表との取り組みによるものとは限りません。ただ、この新しい取り組みが貢献していることは間違いないのではないでしょうか。

この事例をごく簡単に図でおさらいするとこのようになるかと思います。

SAPとサッカードイツ代表の関係図
SAPとサッカードイツ代表の関係図

2. 大規模実証実験でニーズ検証(PoC)できちゃった事例(国内)

続いては、国内事例です。今回はセレッソ大阪と駐車場予約アプリを運営するakippa株式会社の事例をフィーチャリングします。

①きっかけ

Jリーグは「地域密着」の理念を掲げて設立され、このDNAは今もJクラブで受け継がれています。ちなみに、なぜ地域密着な活動はチームにとってどんなメリットがあるのか。それは“地元に応援されると、チームとして発展しやすくなるから”です。例えば、地元住民がファンとなりスタジアムに来てくれる。地元企業がスポンサーになってくれる。地元自治体がスタジアム建設に積極的に協力してくれるなど。

今回紹介するセレッソ大阪もあらゆる地元密着な取り組みをしています。彼らは「いつも応援してくれるこまがわ商店街を活性化したい」という地域貢献意識を持っていました。こまがわ商店街はセレッソ大阪のホームスタジアムである長居スタジアムから2キロの距離にあります。規模としては大阪で2番目に大きく、普段はそれなりに盛り上がっています。しかし、試合当日のセレッソファンの利用率には改善の余地がありました。そこでセレッソ大阪はスポンサーであったakippa株式会社とともに、それらを解決するおもしろい実証実験企画を行います。

(出典:駒川商店街 | こまがわ商店街)

②取り組み内容

モビリティサービスを提供するakippaは、こまがわ商店街〜長居スタジアム間をMaaSでつなぎ、セレッソファンに商店街に行ってもらおうと考えました。

ちなみにこのMaaS。馴染みがない方も多いかと思います。MaaSとはMobility as a Serviceの略で、移動手段ではなく移動自体をサービスにするということです。具体的には、バス、電車、タクシー、ライドシェア、シェアサイクルといったあらゆる移動手段をITで結びつけ、目的地までの移動を提供するサービスのことです。ヨーロッパではけっこう普及してますが、日本ではまだまだです。イメージとしては、色々な交通手段を検索できるアプリに予約や支払いの機能もくっつけたものだと思ってください。

たとえば、サッカー観戦でスタジアムへ行くとき。いまでもGoogle Mapなどのアプリを使えば自宅からスタジアムまでの最適経路、交通機関、所要時間や料金などを調べることはできます。MaaSがこれとは違うのは、この検索機能にプラスして予約や支払いも、スマホなどの端末からまとめてできるのです。しかも、MaaSの場合、鉄道やバスだけでなく、タクシー、シェアサイクル、カーシェア、ライドシェアなども含まれます。

akippaが中心となって考案されたアイデアは実証実験として行われました。具体的には、①akippaが提供する駐車場 ②株式会社Luupが提供する電動キックボード ③DiDiモビリティジャパン株式会社が提供するタクシー配車アプリ、の合わせ技で実施されました。

実験参加者となったセレッソファンは、事前にスタジアムまでどうやって移動したいかリクエストします。当日は自家用車をakippa提供の駐車場に停めます。その後、こまがわ商店街から長居スタジアムまでの交通手段を、自転車、キックボード、タクシーから自由に選べるという仕組みです。

ポイントは、交通手段の乗り場はこまがわ商店街の中にあるため、必ず商店街の中を通るようにできているのです。商店街も実験参加者向けに無料グルメを提供したため、他のものまで「ついで買い」した人もいたようです。(出典:akipedia|セレッソ大阪のホームタウンを盛り上げる! J1初のMaaSの実証実験を実施しました。~前編~)

③結果

今回の取り組みを中心となって進めたakippaにはどんなメリットがあったのでしょうか。まだまだ日本ではMaaSや電動キックボードなどはそれほどポピュラーではありません。

そんな中、多くのサッカーファンを集めてこのような実証実験ができた意義は大きかったようです。実験参加者へのアンケートでは、「MaaSというのを今まで考えたことがなかった」という人が70%もいたそうです。こういう人に対しては、MaaSというコンセプトを広く知らしめることに成功したと言えそうです。さらに「仕組み化されたら使いたいですか」という質問については、100%「はい」との回答を得られ、満足度の高いサービスである可能性が示唆されました。(出典:IoTNEWS|商店街振興のためにサッカーチームと取り組んだMaaS実証実験 ―akippaインタビュー)

この実験の2か月後にはakippaは福岡でトヨタ自動車などとともにMaaSの実証実験に参加しています。今回の実証実験での知見はMaaS市場での足場固めになりそうです。 (出典:DG Lab Haus|「世の中の困りごと」の解決を目指し5年でMaaSの一角を担う存在に)

ではセレッソ大阪にはどんなメリットがあったのでしょうか。上にも書いたように、“ついで買い”などがあったため、商店街活性化という目的はある程度果たせたのではないかと思います。また、実験に参加したファンの満足度も高かったこともわかりました。ということは、スタジアム観戦までの体験価値も向上したと考えられます。ファンはスタジアム内での観戦だけを評価しているわけではありません。自宅を出る→スタジアムで観戦する→家に着く、のすべてがファンにとってのサッカー観戦体験なのです。駅からスタジアムまでがめちゃ遠かった、という体験をしたファンはリピートしない可能性があるのです。

加えて、セレッソ大阪は試合日にスタジアム周辺で路駐が多い、という課題も抱えていました。今回の実証実験で2キロの距離であれば、人はあらゆる交通手段を選んでスタジアムまで来ることが明らかになりました。ならばスタジアムから2キロ圏にあらゆる交通手段を用意すれば、駐車を分散させることもできるハズ。このようにスタジアム周辺の路駐を減らすためのヒントが得られたことは課題解決のための大きな一歩ではないでしょうか。

こちらの事例も図で振り返ってみると、こんな感じかと思います。

akippaとセレッソ大阪の関係図
akippaとセレッソ大阪の関係図

3. おわりに

今回は企業がスポーツチームと組むことで、新たな製品・サービス開発を推進した事例をご紹介しました。

スポーツチームは選手、スタジアム、ファン層とそれに関する膨大なデータを保持しています。観戦者で言えば、隔週で数千から数万の人がシーズンを通してスタジアムに訪れます。安定的にこれだけの人を集められるのはスポーツ以外ではなかなかありません。それらを分析できるかどうかは別問題ですが、定期的に何かを計測する必要のある実証の場としては、最適だったりします。

また他にも、運動のスペシャリストという特徴を活かして、アスリート個人を使うって手もあります。サプリオタクで有名なダルビッシュ有さんがアドバイザーを務めたYutritionも発売と同時に飛ぶように売れているようです。(出典:YouTube | 月間MVPの報告とアドバイザーを務めるサプリメントについて)

また、パラアスリートと義足や車椅子の開発をするなんてのも合理的ですね。あとは厳しい体調管理が求められるアスリートから生体情報を取得して、ウェアラブル端末を開発してるなんて事例もあります。(出典:CYCLE | 村田諒太、ミツフジとアスリート向けウェアラブルIoT製品を開発)

スポーツチームにスポンサーするというとマーケティングや販促を思い浮かべがちです。しかし、自社の製品・サービスの開発に協力してもらう代わりに、スポンサーをする、という形もとても有効な活用方法なわけです。

もし、製品・サービスを開発したい!or磨き上げたい!、と思っている方がいれば、一度スポーツチームとの協力も検討してもいいかもしれません。