人は非日常空間や特別体験をしたとき、いつもとは違う判断や決断をしがちです。みなさんも思い当たるフシがあるのではないでしょうか?買う気はないけどなんとなくカーディーラーに行ったら、高価なお茶菓子出されてもてなされた上に、帰りにノベルティもらってテンション上がった。そして気がついたらローンを組んで車を購入していた。

これは人間の心理法則で「返報性の原理」というものが大きく関与しています。人はおもてなしを受けると、恩返しをしなければならないという心理が形成されます。これを「返報性の原理」と呼びますが、カーディーラーのおもてなしはこの心理現象を上手く活用した営業と言えます。

今回はそんな心理法則を上手く活用し、スポーツチームを使って「非日常空間や特別体験」を作り上げ、本業を成長させることに成功したタイヤメーカーのお話です。おなじみのモデル図を使って、スポンサー企業の狙いや獲得権利、権利の活用方法などを解説していきます。

なおこの記事は、アメリカの球団でインターンしたこともあるメジャーリーグ大好きライター、キムラがお送りいたします。

1. はじめに(アクティベーションモデル図の見方)

まずはアクティベーションモデル図の説明となります。

こちらについては別記事でまとめていますので、以下を参照いただければと思います。1分で読み終わります。

2. タイヤメーカーのダヴァンティ社はどうやって世界中に展開地域を拡大したのか(アクティベーションモデル図を使って説明)

ダヴァンディとエバートンのアクティベーションモデル図
ダヴァンディとエバートンのアクティベーションモデル図

今回取り上げるスポンサー企業は、イギリスのタイヤメーカーであるダヴァンティ社です。

彼らは2014年創業で、比較的小規模なメーカーです。自動車マニアを中心に知る人ぞ知るといった感じのメーカーのようですが、近年日本にも上陸してきています。         

とはいえブリヂストンミシュランなどの超有名メーカーと比べると、知名度に大きな開きがあります。知名度や売上向上のためには、世界中でもっと多くのディーラーに製品を扱ってもらい、販路を拡大していく必要があったと考えられます。

そんな課題を抱えていたダヴァンティ社は、どうやってスポーツの力を借り、課題解決を目指したのでしょうか?

①経営課題解決のためにダヴァンティ社はどこに目をつけた?

ダヴァンティ社は本社から25kmの所に本拠地を構えるプレミアリーグの名門、エバートンFCのスポンサーになることを決意します。まずはプレミアリーグとエバートンの世界的な高い人気に目を付けた。これが1つ目の目の付け所です。

しかしダヴァンティ社が目をつけたのはそれだけではありません。プレミアリーグが持つ、文字通りの「プレミア感」にも着目します。

このプレミアリーグのプレミア感を説明するために、当リーグについてさらりと説明しておきます。

イタリアのセリエAやスペインのリーガ・エスパニョーラも非常に高い人気を誇るヨーロッパサッカー。その中でもプレミアリーグは人気が頭1つ抜けていると言われています。レベルの高さに加え、クラブ間で実力が拮抗しており、思わぬクラブが上位に顔を出してくるような展開も大きな魅力です。記憶に新しい2015-2016シーズン。岡崎慎司選手が所属するレスター・シティが開幕前の優勝オッズ5001倍にも関わらず優勝しました。長年プレミアリーグをチェキしている私は、レスターが優勝したときはアゴがはずれるかと思いました。

プレミアリーグは年間収益でもダントツで、ヨーロッパの他リーグの中でも飛び抜けています。

そんなプレミアリーグに所属するエバートンが創設されたのは1878年。1888年に開幕した世界最古のリーグ、イングリッシュ・フットボールリーグには開幕時から参加しています。かのポール・マッカートニーがエバートンファンであることが知られ、イングランド代表最多得点記録を持つウェイン・ルーニーを16歳でデビューさせたクラブとしても有名です。最近ではレアル・マドリードなどを指揮した世界的名将のカルロ・アンチェロッティが指揮しています。成績としては中堅ですが、歴史に裏打ちされた認知度の高い古豪クラブなのです。

このエバートンがホームスタジアムにしているのがグディソン・パーク。このスタジアムは1892年からエバートンが本拠地としているサッカー専用スタジアムです。ダヴァンティ社は、エバートンの知名度に加え、このスタジアムやチームの持つ歴史、プレミア感、そして設備にも目をつけました。

外観もさることながら、スタジアム内部の設備がけっこうすごいんです。下の写真は内部施設の様子ですが、ピッチを一望できる会議室や豪華な食事や結婚式が催されるレストランが設けられています。日本のスタジアムではなかなかありませんが、海外のスタジアムではこういった施設があるのは珍しくありません。サッカーだと大体週イチのペースで試合が行われ、数千~数万の人がスタジアムに訪れます。こういった人々がただ試合を見て帰るのではなく、こういった施設で食事や買物を楽しむ。結果的に滞留時間が伸び、使う金額も多くなるという仕組みです。

(出典:Hospitality ticket.com | Everton HOSPITALITY)

②ダヴァンティ社が得た権利は?

ダヴァンティ社はエバートンを使ったプロモーション権とともに、このグディソン・パークの施設利用権利も獲得しました。

ではダヴァンティ社はこの会議室を使って何をしたのでしょうか

③得た権利をダヴァンティ社はどのように活用した?

ダヴァンティ社は、そんなエバートンのホームスタジアム内にある会議室を利用して、国際ディーラー会議を開催しました。まずは実際の会議の様子をご覧ください。

ムーディーな照明で、なんだか非日常感が満載ですよね。退屈な話でも、ここにいるというだけでテンションが上がってしまって居眠りしている場合ではなくなりそうです。

こんな体験はサッカーファンならなおさら特別貴重に感じられます。憧れのプレミアリーグの伝統あるスタジアム、それも通常は入れないエリアに入れるのです。(あくまで仕事なので経費で落ちますし)

はるばる海を渡って非日常な特別体験をさせてもらえたことで、返報性の原則が働き、ダヴァンティ社のタイヤを仕入れてみようと考えたディーラーが続出したでしょう。

結果:どんな効果・結果が得られた?

名門サッカークラブの伝統あるスタジアムの価値を活用したダヴァンティ社のアクティベーションを紹介しました。

実際、どんな成果を挙げられたのでしょうか。

ダヴァンティ社のセールスディレクターは、「エバートンとのパートナーシップが重要な役割を果たし、展開地域を15か国から60か国以上に拡大できた」と語っています。(出典:SportsPro | Everton expand Davanti Tyres deal) もちろんこの成果がすべて国際ディーラー会議のものとは限りません。

しかし世界的な知名度と人気を持つリーグとそのチームを使って「プレミア感」を作り上げる。そしてその中で交渉をしたことは、少なからず世界のディーラーたちの返報性の原則を働かせ、ダヴァンティ社と取引しようかな、と思わせたはずです。

またこの取り組みでは、ディーラーに対しもう1つ別の心理的テクニックが使われていたと考えられます。それはハード・トゥ・ゲット(hard to get)テクニックとよばれるものです。人は「あなただけは特別」という殿様、お姫様扱いをされるのが大好きです。これは「あなただけ」と言いながら顧客を喜ばせて購入・加入に持ち込むテクです。 「プレミア会員のあなただけ!!」みたいな謳い文句はまさにこれです。

おそらくこの国際ディーラー会議でも「世界の数あるディーラーのなかでも、特別にあなた達だけに!しかもエバートンFCのスペシャルルームで!!」みたいな殺し文句があったのではないでしょうか。なくてもわざわざイギリスのリバプールに招かれて、グディソン・パークの内部でもてなされたわけです。そりゃディーラーたちが「俺たち特別やん。いい気分やん。ダヴァンティとの取り引き?そりゃしないともったいないやん!」となったのではないでしょうか。

スポーツはそれ自体が非日常感を醸し出す特別な存在です。そんなスポーツを使って、人々に特別体験を提供し、購入・加入という行動に移させることができるのです。

ダヴァンディとエバートンのアクティベーションモデル図
ダヴァンディとエバートンのアクティベーションモデル図

3. おわりに

今回はプレミアリーグの人気クラブのスタジアムに取引先を呼び込んでおもてなしをし、契約増に結びつけた事例をご紹介しました。

試合がない日にスタジアムをどう活用すべきか、ということはスポーツチームの万国共通の経営課題です。特に今年はスポーツシーズンの中断や中止が多く、宝の持ち腐れ状態のスタジアムが世界中に星の数ほどあります。

今年は試合を行わないことにしたアメリカのマイナーリーグでは、なんとスタジアム全体をAirbnbとしてファンに提供している球団があります。1泊1,500ドル(約16万円)で、グラウンドでバッティングしようが寝そべろうが自由とのことです。(出典:Golf Channel | Rent out the home of Bubba Watson’s Blue Wahoos for $1,500 a night)

要するにスポーツチームが持っている選手、施設、ファン層などに着目し、知恵を絞って活用すること。これがアクティベーションの成否を決める要因なのだと思います。今後もそんな「うまいなぁ~」な事例をどんどんご紹介していきますので、どうぞお楽しみに!