東京都のコロナ感染者がいっこうに減らない今日このごろ、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

今回はUberマンチェスターユナイテッドのお話です。

Uberはアメリカ・サンフランシスコに本社を置き、世界65カ国でビジネスを展開しているグローバル企業です。主に配車サービスと食事宅配サービスの2つを展開しています。最近はコロナの影響で、ウーバーイーツの配達員が急激に増えた、なんてニュースを目にした方もいらっしゃるかと思います。一方の配車サービスは日本ではまだ馴染みが薄いかもしれませんが、海外旅行に行ったときに使ったよ、なんて方もいるのではないでしょうか。

今回の記事はUberがマンチェスターユナイテッド(マンU)と組んで、スタジアム観戦にくるマンUファンを取り込もうとした話。巨大なインド市場で競合にシェアNo.1の座をものの数か月で勝ち取った話。この2本立てでお送りします

なおこの記事は、コロナという大義名分を振りかざしウーバーイーツを利用しまくっているマルタがお送りします。

1. Uber × マンチェスターユナイテッド(マンU)による2つの施策

Uberは2017年1月にイギリスの名門サッカークラブ・マンUとパートナーシップを締結しました。マンUはイギリスプレミアリーグ所属のクラブです。プレミアリーグ最多13回の優勝をしており、歴史・実力を併せ持つ名門クラブです。みんな大好きディビッド・ベッカムがキャリアをスタートしたクラブです。2012年~2014年には、香川真司選手が所属していたこともあります。(出典:LINE BLOG | 香川真司オフィシャルブログ)  

マンUによると、世界人口約77億人の7人に1人に当たる11億人がマンUのファンだそうです。(出典:Manchester United | INVESTOR RELATIONS そんな世界を代表する超ビッグクラブとUberは何をしたのでしょうか?

冒頭でもお話しましたが、UberがマンUと組んで実施しているアクティベーションは主に2つに分けられます。1つはスタジアムに訪れるファンに向けたもの。今回は特にマンチェスター空港からスタジアムに訪れる観戦客の取り込みについてお話します。

もう1つは、世界中に存在するマンUファンに向けたものです。今回は世界の国の中でも特にインドのマンUファンにターゲットをしたものをご紹介します。

ではそれぞれ順番に見ていきましょう。

まずは、スタジアムに訪れる人に向けたアクティベーションから紹介していきます。

2. スタジアムに訪れるファン(特に海外からの観客)の観戦体験を向上する

2-1. Uberの課題inイギリス:アカン、市場から締め出されてしまうかも…

実はUberはイギリスの首都ロンドンである問題を抱えていました。それは、Uberの配車サービス事業がロンドンにおいて、営業認可が剥奪されそうな状況に陥っていた、という問題です。(出典:BBC NEWS | 配車大手ウーバー、ロンドンで事業許可取り消しへ 安全面に懸念ロンドンから締め出された挙げ句、もしかしたらイギリス全土から追い出されてしまうかも…。Uberはそんな火種を抱えていたのです。なんとしてでもイギリスでビジネスを続けたいUberは、イギリスの他の大都市に目を向けました。その1つがマンチェスター市でした。

2-2. Uberがマンチェスターユナイテッドと行った両者Win-Winのアクティベーション施策

ロンドンという巨大市場を失う可能性のあったUber。それを補填するために様々な策を講じたハズです。ここではその中でも特に、マンUと組んで空港からスタジアムに来るファンを取り込もうとした策について取り上げていきます。

マンUは世界的なビッグクラブというだけあって世界中からファンが応援に来ます。2014年には10万9千人が海外からホームスタジアムのOld Traffordに訪れました。(出典:BBC Sport | Overseas football fans visiting Britain now at 800,000) マンチェスター空港に降り立ち、そこからスタジアムに移動するこの10万人の移動民にはある悩みがありました。

実はマンチェスター空港~Old Traffordまで公共交通機関で移動するとかなり時間がかかるのです。路面電車の場合、40分乗った後に20分も歩かなければなりません。電車の場合に至っては、途中で路面電車に乗り換えたうえに、さらに10分歩かされる羽目になります。

しかし、車でいくとわずか15分で着いちゃいます(試合の日は混雑も有りもう少しかかりますが)。

しかも、空港からの移動者が必ず利用する路面電車ですが、この路面電車の混雑が半端じゃないのです。下の写真はOld TraffordでマンUの試合が行われた日の、最寄りの路面電車の駅の様子です。…まさにカオスとはこの状況のことですね。ワタシは田舎出身なので、東京の満員電車がいまだに苦手です。東京生まれ東京(&ヒップホップ)育ちの方々なら写真のような状況も慣れっこかもしれません。でも、さすがにこれからサッカー観戦という最高に楽しいイベントの前にこのようなカオスな電車に乗りたくないのでは…?

(出典:Manchester Evening News | How did the new plan to transport visiting Europeans football fans across Manchester go? (Aside from holes being punched in trams)

そこで役立つのがUberです。彼らはOld Traffordのすぐ近くに”UBER RIDE ZONE”というUber専用の乗降エリアを設置しました。これによってマンチェスター空港~Old Traffordの快適な車の旅を実現したのです。

(出典:The Job Show | CAR Park instruction より作成)

2-3. Uberが獲得したアクティベーションの効果

空港~スタジアムまでの移動ユーザーを一定数獲得できるというメリット。これに関連して、もう1つ考えられるメリットがあります。

それは快適なスタジアムへの移動を体験した海外からの訪問者が自国でUberを利用するってことです。2014年、海外からイギリスにサッカー観戦で訪れる人の数は80万人だったそうです。国別で言うと、アイルランド、ノルウェー、スウェーデン、アメリカ、オランダ、スペイン、フランス、ドイツが上位を占めます。アメリカを除けばすべてヨーロッパの国々です。(出典:BBC Sport | Overseas football fans visiting Britain now at 800,000) 

Old Traffordに来た10万人の海外ファンも同じような国から来たと仮定すると、大半はヨーロッパの国から来ているわけです。そんな彼らが自国に帰り、Uberを利用した可能性はおおいにありそうです。実際に2017年以降、UberのEMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカ)での売上は順調に増えています。だいたい、1.1兆ドル(2017)→1.7兆ドル(2018)→2.1兆ドル(2019)てな具合で成長し続けています。(出典:Uber | Annual Report 2019) 

Uberはイギリスの他にも、スペインやドイツでタクシー業界からの反発によって撤退を余儀なくされています。(出典:techcrunch | Uberの配車ビジネスがドイツで禁止処分に)  こんな反発を受けてもなお、売上を成長させている背景には、マンUとのアクティベーションが一助になっていたのかもしれません。

2-4. マンUが獲得したアクティベーションの効果

マンチェスター空港から訪れたファンは移動時間を短縮できた&満員電車に乗ることなく快適にスタジアムに行くことができるようになりました。これは、マンUにとっても大きなメリットです。みなさんの中にも、一度訪れたスタジアムやアリーナのアクセスが悪すぎて、もう二度と行かない!という気持ちになったことがある人もいるかと思います。「遠足は家に帰るまでが遠足だ」なんて言いますが、スポーツ観戦も同じです。「スポーツ観戦は家を出て、帰るまでがスポーツ観戦」であり、観戦前・中・後のトータルが観客の観戦体験となります。

試合内容がいくら面白くても、スタジアムまで&スタジアムからの道が不便すぎると、全体としての体験価値がマイナスになってしまいます。それによって海外から訪れる観客が離れてしまうことはマンUにとって痛手です。観客に便利な交通手段を提供することで観戦体験の質が上がり、観客が繰り返し来てくれることにつながるのです。

さらに、この海外からわざわざ来てくれる観客はその消費性向の高さからマンUにとって重要顧客なんです。消費性向とは所得のうちどれだけを消費にあてるかを示す割合のこと、です。人は海外に行ったとき「せっかくだから」っていつもは払わないような金額でお土産とかを買ってしまう傾向があります。これが海外旅行者(観戦者)の消費性向が高い理由です。

エアトリは、国内旅行と海外旅行で自分の買い物にいくら予算をかけるか、を調査しています。これによると男女ともに、海外旅行のほうが国内旅行よりも約3倍多くなっています。このように海外に行く場合、人はこの「せっかくだから消費」をする傾向があるのです。

(出典:マイナビニュース | 国内・海外旅行の予算、男性と女性で多いのはどっち? より作成)

マンUはグッズ販売等も大きな収益源としています。だから、この「せっかくOld Traffordまで来たのだから」という客にユニフォームやらグッズを買ってほしいはずです。そのためにも彼らの観戦体験をあげて、購買意欲を引き出し、売上増につなげることが重要なのです。

3. 未来の巨大市場インドでマンUファンと共にシェアNo.1を勝ち取る

3-1. Uberの課題inインド:競合に競り勝ちてぇ!

Uberは2010年に配車サービスをスタートしました。世界中にビジネスを広げ絶好調、・・・かと思いきや苦戦を強いられる市場もあったようです。実は各国で競合が続々と出現し、多くの国・地域から撤退を余儀なくされていたのです。例えば、ドイツでは現地企業の「mytaxi」らにシェアを奪われ撤退。東南アジアでは現地企業である「Grab」に敗退し、配車サービスだけでなくフードデリバリーサービス事業も売却し撤退したのです。(出典:Forbes | ウーバーと滴滴が激突「世界の配車サービス」10数社の動向)

世界各国からの撤退が続いているUberの配車サービス。インドでも地元企業と激しい市場争いをしていました。下の図はインド配車サービスNo1の「Ola」とUberのアプリダウンロード数の推移です。期間はパートナーシップ締結直前の2016年後半です。

(出典:mint | Under overtakes Ola in number of app downloads for March: Report より作成)

UberはOlaにだいたい8%ぐらいの差をつけられています。「人口が爆発的に増え続け、一人当たりGDP(≒購買力)も幾何級数的に増えてきているインド市場ではなんとかシェアNo.1を獲得したい…。」 そんなことを考えたUberはOlaに競り勝つためにマンUと共にある施策を実行します。

3.2 なぜインド?なぜマンチェスターユナイテッド?

まず、なぜUberはインド市場に絞ったのでしょうか。1つは上でも言いましたが、人口1人あたりGDPの急激な成長があげられます。このへんはご存知かと思いますが、インドは2000年ぐらいからイケイケの経済成長っぷりです。

(出典:GD Freak | インドのGDPと人口の推移)

では肝心のサッカー人気はどうでしょうか。

サッカーはインドで2番目に人気のスポーツです。しかもその人気は上昇傾向にあります。Nilsen Sportsの調査によると、2018年インド都市部に住む45%の人々がサッカーに興味を持っていたそうです。2013年には30%だったので、インドのサッカー人気の高まりが分かります。 (出典:CNBC TV18 | Cricket-crazy India is game for football. Up to 45% of urban India is interested in the ‘beautiful game’, says survey )

さらにインドにはマンUのファンが多いことも見逃せません。2018年に発表された「マンUのFacebookフォロワー数が多い国ランキング」によるとインドは410万7082人世界3位になっています。(出典:Football Channel | マンUファンが最も多い国は? 1位は英国ではなく…世界一イスラム教徒が多いあの国 ) 1位のインドネシアと、2位のタイはUberがすでに競合に負けて撤退している国です。Uberは最後の砦としてインドに集中することにしたということですね。

ちなみに、ニュージーランドの人口は約470万人です。ニュージランド全体の人口と同じくらいのマンUファンがインドにはいるってわけです。(Global Note | 世界の人口 国別ランキング・推移

3-3. Uberがマンチェスターユナイテッドと実施した2つのアクティベーション。特別体験⇒ユーザー獲得

Olaとの戦いに競り勝つため、UberはマンUと共に2つのアクティベーション施策を実施します。1つ目のアクティベーション施策は、インドでUberの知名度を高めることを目的に、ベンガルールという都市でイベントを開催しました。下の写真が当日のイベントの様子です。

(出典:event marketer | Uber built a replica of Manchester United’s Old Trafford for fans in India

イベント会場にはマンUのスタジアムであるOld Traffordのレプリカを設置。中に入ると360度スクリーンで映像が流れ、実際にスタジアムにいるように感じられるような空間を提供しました。さらにこのレプリカスタジアムでは、抽選で選ばれた35人のために、Arsenal戦がライブビューイングされました。

(出典:MANIFOLD | Uber Destination United

その他にも、マンUの歴代レジェンドたちのお宝を見ることのできる博物館、Old Traffordでしか食べられないスタジアムフードを売る出店など。盛りだくさんのイベントで、まるでスタジアムに行ったような体験を提供したのです。

っと、ここまではマンUを使って話題性を作ったり、Uberの知名度を上げるアクティベーションでした。

2つ目のアクティベーション施策では、競合のOlaを振り切るためにさらに強力なキャンペーンを実施します。それはインドの金融都市ムンバイを対象にした「#ILOVEUNITED」というキャンペーンです。

ユーザーはアプリにコード ‘MANUTDMUM’を入力し、Uberを利用することでポイントが付与されます。普通車、プレミア車など手配する車によって得られるポイントが異なり、ユーザーはゲーム感覚で参加できるよう設計されました。優勝者には、ムンバイ⇔マンチェスターの往復航空券、観戦チケット×2、3泊4日のホテル宿泊券、マンチェスターでのUber無料乗車券などがプレゼントされました。2位以下の28名のユーザーは、ムンバイで開催されたパブリックビューイングイベントに招待されました。

このように、マンUを使ってUber限定の特典を作り、410万人ものファンたちを自社サービスへおびき寄せたわけです。

(出典:MUMBAI LIVE | Manchester United Fans In Mumbai Listen Up! ‘ILOVEUNITED’ Returns This Weekend)

3-4. Uberが獲得したアクティベーションの効果

このインドで実施したアクティベーションは、実際に数字にも表れています。UberがマンUとパートナーシップを開始したのは、2017年1月。この時期を境にUber配車サービスのシェアは成長し続け、2017年6月には50%にまで達しました。対するOlaは44.2%(出典:Financial Express | Uber India market share jumped to 50 pct in January-June period; Ola at 44 pct ) 

たった数か月の間で、UberはOlaに競り勝つことができたというわけです。

4. おわりに

いかがでしたでしょうか。今回はUberが、マンUが作り出す“移動民”に着目した、というお話。また、競合に競り勝つためにマンUの持つ絶大な人気を利用した、というお話でした。

スポーツイベントはその種類にもよりますが、定期的な人の動きを生み出します。そしてそれは人気チーム・イベントであるほど、巨大なものになります。だいたいのイベントの場合、開催場所は決まっていると思います。ということは、当然ながら人の動きも固定化されています。ココを入念に分析すると、効果的に自社サービス・商品をアピールする術が見つかるのかもしれません。

また海外、特にイケイケの発展途上国で流行っているスポーツを分析してみると、そこでの市場をとるためのヒントが得られるかもしれません。例えば日本のJリーグはタイなんかの東南アジアでけっこう人気があります。タイの居酒屋でJリーグが放送されている、なんてこともあります。UberはマンUだからといってイギリス国内のみでなく、インドファンにも着目しました。こんなふうに、海外ファンへのリーチに国内スポーツを使うというのも一案ですね。

関連記事として、日本企業がスポーツスポンサーシップを活用してアメリカ進出に成功した事例も過去に取り上げていますので、良かったらこちらも見てみて下さい!

今後も、みなさんが“その手があったかぁ~”と唸るようなスポーツ活用事例&ビジネスメリットを紹介していきたいと思います。 引き続き、ご贔屓のほどよろしくお願いします。