コロナ禍が収束の兆しを見せない今日このごろ、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

今回はパラアスリート(障がい者アスリート)について取り上げてみたいと思います。分量が多いため、前編、中編、後編の3部作となっております。前編、中編ではパラアスリート(スポーツ)にスポンサーすることで、企業が得られるビジネスメリットについて、国内外の事例とともにご紹介していきます。最後の後編では、ある日本を代表するパラアスリートに注目し、彼が歩んできた道のり、目指す目標をご紹介すると共に、お知らせをご案内していきます。

なお、この記事は以下のような方には必見かなと思います:

1. 障がい者スポーツの現状について興味があり、理解を深めたいと思っている
2. 障がい者がスポーツを通してどのように社会参画し、どのように企業にとっての価値を生み出すのか知りたい
3. 日常で障がい者に関わる機会があり、彼らを勇気付けたい、応援したいと思っている

それでは参ります。

1. 国内におけるパラアスリートの現状

冒頭でもお話しましたが、今回はパラスポーツ(アスリート)について書いていきます。みなさん、日本におけるパラアスリートの現状ってご存知ですか。2015年に設立されたスポーツ庁はパラスポーツの裾野拡大を1つの課題としてあげています。スポーツを「する」観点からすると、週に1回以上、スポーツ・レクリエーションを実施している割合では、成人一般は51.5%。対する障がい者は20.8%と半分以下にとどまっています。

スポーツをする場所についても不足しています。スポーツ施設は全国に約19万ヶ所あります。その中で、障害者が専用または優先的に使えるスポーツ施設はわずか139施設だそうです。日本の全人口に占める障がい者の割合が約7.4%(約900万人)なのに対して、障がい者が優先的に使用できるスポーツ施設の割合は約0.07%(139件)。非常に低い割合になっています。(出典:スポーツ庁 | ~障害者スポーツの裾野の拡大~ 鈴木長官 先進事例の現場視察レポート!

スポーツを「みる」、「ささえる」という点でも、パラスポーツを取り巻く環境は厳しいものがあります。東京パラリンピックで採用された全22競技のうち、いずれかの競技を現地で観戦したことがあると回答した人はわずか1%です。(出典:Azrena | パラスポーツ観戦率はわずか1%。2020年へ認知度向上が課題  加えて、このコロナ禍によってパラ選手を抱える26の競技団体のうち、少なくとも5団体がスポンサーから契約金減額を通知された、なんてニュースもあります。(出典:Sankei Biz | パラの好景気、延期で陰り 離れる企業、問われる支援の在り方

このように日本におけるパラスポーツを取り巻く環境は、まだまだ改善の余地がありそうです。

2. パラアスリート(スポーツ)をスポンサーするビジネスメリット

このような厳しめの環境におかれているパラアスリート(スポーツ)。そんな彼らと共にビジネスとしての価値(≒企業の経営課題を解決する力)を生み出した事例を紹介していこうと思います。

事例に入る前に、パラアスリート(スポーツ)にスポンサーすることで企業が享受するビジネスメリットの全体像を整理しておきます。

企業は社会に存在するうえで何かしらのブランドイメージを持っています。ポジティブなイメージだと“環境にやさしい会社”、ネガティブなものだと“ブラック企業”みたいな。どんな企業でも一定のブランドイメージをまといながらビジネス(商い)をするのです。

ではビジネス(商い)とはどういうことでしょうか。それは当然ながら、モノ・サービスを作って、お客さんに買ってもらうコトです。そしてモノ・サービスを作る人&お客さんに提供する人として従業員という存在があります。

今回はパラアスリート(スポーツ)にスポンサーすることのメリットを、この①企業イメージを作る、②モノ・サービスを作る、③お客さんにリーチする、④従業員を引きつける、という観点で整理し、それぞれの観点で“パラアスリートならでは”の事例を紹介していきます。

2-1. ①企業イメージを作る、で企業が得るメリット

これはけっこうわかりやすい事例かと思います。企業がパラアスリートにスポンサーすることで自社のブランドイメージを強化し、より強く発信する。国内の有名どころだとプロ車いすテニスプレイヤーの国枝慎吾選手なんかがあげられるかと思います。国枝選手は2007年に車いすテニス史上初となる年間グランドスラム(当時の4大大会制覇)を達成。その後、2009, 2010, 2014, 2015年にもグランドスラムを達成している車椅子テニス界の世界的なレジェンドです。

(出典:ANA | 絶対王者の覚醒

アスリートを使って企業のブランドイメージを強化するために必要なこと。それはもともと自社が持っている、もしくは打ち出したいイメージ(≒企業ミッション、理念)とパラアスリートが持つイメージや姿勢が近いことがあげられます。企業がもともとそのイメージを持っている、もしくは打ち出したい。でも世間ではそのイメージが知られていない。だから近いイメージを持つパラアスリートを使って、そのイメージを強化するのです。いわば、アスリートとはその企業イメージを強化&拡大する“アンプ”のような役割を担うのです。

国枝選手にはユニクロ、HONDAなど、複数社がスポンサーに付いています。中でも“イメージが近いこと”という点で成功している例として、上の写真にもあげたANAが挙げられます。ANAは経営理念(≒打ち出したいイメージ)を以下のような言葉でまとめています。

国枝選手は9歳の時、脊髄腫瘍によって車いす生活を強いられることになりました。それでも自分の未来を諦めることなく、生まれ変わり、車いすテニスというフィールドで挑戦し続けているのです。まさにANAの経営理念とドンピシャなところがあり、ブランドイメージのアンプとしては適切なアスリートだったと思います。

海外でも自社のイメージをパラアスリートに重ねて強化&拡大した事例があります。例えば、スイスに拠点を置くOnというスポーツメーカー。彼らはアメリカ、ドイツ、オーストラリアなど世界50か国に拠点を持ち、日本にも進出しています。Onは「ランニングの世界を変える」というミッションを掲げ、主にランニングシューズを販売しています。

(出典:on | on HP

しかし、Onの設立は2010年で、まだまだ新興企業です。しかも彼らが参入したスポーツメーカー市場にはNIKE、adidasといった超大手がひしめくレッドオーシャンです。

そこでOnは世界中にスピード感を持って進出していく自社のイメージを、あるパラアスリートに重ねました。彼らは、世界最速の盲目ランナーと言われるDavid Brown選手と、伴走者のJerome Averyとスポンサー契約を結ぶことを決定します。

David Brown選手は視覚障害で最も障害が重いクラスの短距離ランナーです。リオ・パラリンピックで全盲アスリートとして初めて100m、11秒を切る10.99を叩き出し、世界記録を樹立しました。それがゆえに世界最速、と言われているのです。

(出典:on | David Brown & Jerome Avery)

OnはDavid Brown選手のこの逆境を覆す力に着目したわけです。目の前にNIKEやadidasといった巨人(障害)が立ちはだかる中でも、ひるまずにで市場シェアを獲得していく。そんなイメージをアンプしたかったOnからするとDavid Brown選手はまさにピッタリのスポンサー先だったわけです。

2-2. ②モノ・サービスを作る、で企業が得るメリット

スポーツ界の巨人であるNIKEもパラアスリートにスポンサーしています。なぜNIKEがパラアスリートにスポンサーすることにしたのか。その理由を探るために、NIKEが置かれている市場の状況について触れておきます。

まず直近の売上についてです。2019年から2020年にかけて若干落ち込んではいるものの、2019年までは堅調に推移してきています。売上規模としては日本円でざっと3兆円前半から4兆円前後といったところでしょうか。

(出典:NIKE | FORM 10-K より作成)

ではNIKEが置かれたスポーツ用品市場はどうなっているのでしょうか。NIKEが売上を落とした2019-2020年には市場全体も停滞しています。しかし総じて、こちらも順調に成長しています。2022年にはその規模は14兆円を超えると予想されています。

このようにNIKEの売上、そして市場そのものは右肩上がりなわけです。しかし注目しなければいけない要因があります。それは市場の競合状況です。要はどういった会社がどのくらい市場を取り合っているかってことです。スポーツ用品市場は、NIKEの他にもadidas、プーマ、アンダーアーマーなどがひしめく、競争の激しい市場です。

しかも、最近では新規参入が増えてきています。例えば上に紹介したOnなんかも新興のスポーツ用品ベンチャーです。あとはANTAなどの比較的廉価な中国系ブランドが進出してきています。スポーツは暑い中、寒い中やるものなので素材メーカーも入ってきています。彼らは速乾性が高い&保温性が高いシャツなんかで勝負しています。あと忘れてはいけないのがファストファッションブランドです。H&M、ユニクロなどはスポーツウェアとかスポーツ・ユーティリティウェアなんていい方で売り出しています。それとそれと、スポーツ用品の小売業者もプライベートブランドを積極展開しています。日本でいうとゼビオがプライベートブランドを展開しています。

このように安くて、性能が良いブランドが続々と参入してくる市場。それがスポーツ用品市場なのです。いくら業界No1のNIKEといえども安穏としていられない状況です。

そんな市場環境に置かれる中、NIKEはあるパラアスリートとスポンサー契約を結びます。そのパラアスリートととは、オレゴン大学陸上部に所属する、脳性麻痺ランナーのJustin Gallegosさんです。このJustinさん。なかなかすごい人で2018年にアシスト無しでハーフマラソンを完走しています。NIKEと契約したことで彼はNIKEと契約した初めてのプロ脳性麻痺ランナーになりました。

NIKEはそんなJustinさんと新しいランニングシューズを開発しました。その名も、Nike Air Zoom Pegasus 35 FlyEase。このシューズ、障がい者に優しいデザインが施されています。下のGIFファイルを見ていただくとわかりますが、かかと部分にチャックがつけられ、足を入れやすい設計になっています。障がい者の方は自分で靴を脱いだり履いたりする時に苦労されることが多いようです。この靴は障害者の方が他の人のサポートが無くても自分で靴を着脱できるように作られています。

(出典:NIKE | Nike Air Zoom Pegasus 35 FlyEase

この靴の開発に関わったNIKEのAthlete Innovation DirectorであるTobie Hatfieldさん。彼はこの靴の履き方について“Zip、Slide、Zip(チャック開けて、足入れて、チャック締める)”と説明しています。こんな3ステップで簡単に履けるのがNike Air Zoom Pegasus 35 FlyEaseという靴なのです。(出典:HIGHSNOBIETY | NIKE’S EASY-ACCESS AIR ZOOM PEGASUS 35 FLYEASE EMPOWERS RUNNERS WITH DISABILITIES

Nike がAir Zoom Pegasus 35 FlyEaseを作ったメリットはどこにあるのでしょうか。まずは意外と多く存在するパラアスリートからの支持が得られることがあげられると思います。世界のパラアスリートの数は公表されていないため、ざっくり規模感を推計します。冒頭で言いましたが、週に1回以上、スポーツ・レクリエーションを実施している障がい者の割合は20.8%です。世界には約10億人の障がい者がいらっしゃいます。(出典:United Nations|Factsheet on Persons with Disabilities)  もちろんこの中には、パラリンピックに出るような方もいれば、軽い運動のみの方もいます。ただ、規模感としては大体2億人(10億 x 20.8%)の人が、週に1回以上は運動している、と推計できます。この2億人の障がい者からすると、Zip、Slide、Zipの3ステップで履けるこの靴は購入の有力な選択肢になるのではないでしょうか。

またNIKEは別の顧客セグメントも獲得できるかもしれません。繰り返しになりますが、体に不自由さのある障がい者にとって、この靴は普通の靴に比べて着脱に手間がかかりません。この“不自由さ”を同じように抱えている顧客がいます。高齢者です。高齢者の中には膝が悪かったりして、靴の着脱に一苦労されている方が多くいらっしゃいます。そんな高齢者にとってこのAir Zoom Pegasus 35 FlyEaseは非常に使いやすい靴です。

アメリカに介護士と高齢者をマッチングするCareLinxというサイトがあります。このサイトの中でAir Zoom Pegasus 35 FlyEaseはAdaptive shoeとして取り上げられ、高齢者の方にオススメされています。

ちなみに、NIKEとの契約はサプライズでJustinさんに伝えられました。その時の様子を映した動画がこちらです。

陸上部のチームメイトの前でNIKEとの契約を告げられ、泣き崩れるJustinさん。契約を知らされたJustinさんにテレビ電話で話しかけるお母さんが“Good things can happen right?(生きてると)良いことって起きるよね?”というシーン。かなり目頭を熱くさせられる動画に仕上がっており、総再生回数は現時点で約60万回に上ります。

パラアスリート&高齢者の顧客獲得の他に、こういった瞬間を動画に収めて発信するあたりにNIKEのうまさを感じます。

2-3. ③お客さんにリーチする、で企業が得るメリット

「サンテン♪」のCMでお馴染みの参天製薬。彼らもパラスポーツを支援しながら、ビジネスメリットを生み出しつつあります。

参天製薬は1890年創業の大阪に本社を置く日本を代表する製薬会社です。彼らは眼科に特化しており、主力商品は目薬です。PCの見過ぎでショボショボになったワタシの両目も、参天製薬の目薬に何度助けられたかわかりません。

そんな参天製薬ですが、2014年を境に海外市場へと軸足を移しつつあります。2014年以降を「海外での事業基盤構築・強化」、2017年以降を「グローバルでの新製品価値最大化」と定めています。ビジネスを展開する国や地域は2010年に約35であったのに対し、2020年現在は60以上に拡大しています。彼らはグローバル市場において、さらなるプレゼンス強化(認知拡大&顧客との関係強化)を目指しています。

(出典:参天製薬 | Santen Report 2020

そんなグローバルでのプレゼンス強化を狙っている参天製薬が、目をつけたのがブラインドサッカーです。ブラインドサッカーとは視覚に障がいのある選手が行う5人制のサッカーです。プレイヤーの見えにくさに応じてB1、B2、B3の3つのカテゴリーが存在します。

まず参天製薬は、2020年8月に国際視覚障害者スポーツ連盟(IBSA)との連携を開始しました。IBSAは世界選手権や国際大会を主催し、110カ国が加盟する視覚障害者のスポーツを統括する組織です。(出典:IBSA | IBSA members スポンサーシップ契約ではありませんが、参天製薬は1万ユーロ(約120万円)をIBSAに寄付しています。 (出典:参天製薬 | Santenと国際組織International Blind Sports Federationが視覚がい者スポーツを通じた連携を開始) 

さらにIBSAが定期的に開催している国際大会のスポンサーにもなります。「IBSAブラインドサッカー選手権2019」と「Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2020 in品川」です。2019年にはいちスポンサーだったのに、2020年には冠スポンサーになったということで参天製薬の気合が伝わってきますね。(出典:日本ブラインドサッカー協会 | ニュース

加えて、2020年10月に日本ブラインドサッカー協会(JBFA)と一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーション(IBF)との10年間のパートナーシップ契約を締結します。JBFA、IBF、参天製薬の3者はこのパートナシップにおける取り組み内容を下のような絵で表現しています。(出典:参天製薬 | Santen, JBFA, IBF Foundationが「インクルージョン社会」の実現に向け10年のパートナーシップ契約を締結

この取り組みには、“共体験でそれぞれの個性や強みを理解する”、“見えるに関するイノベーションを創出する”、“視覚障がい者のQOLを向上する”の3本柱が掲げられています。この3つの柱に沿って様々な活動が模索されています。例えば、「スポーツキャラバンホスピタル」というものがあります。これはスポーツの現場で目の検査や知識を提供し、正しい予防方法を知る人を増やすことを目的としています。

目の疾患がある人やその家族が多く集まるであろうブラインドサッカー。そこで、こういった活動を行い、目のケアの重要性に対する理解の促進&顧客との関係強化を目指しているわけです。

ただ、参天製薬が目指しているプレゼンス拡大とは、グローバル市場において、です。ではこのブラインドサッカー、グローバルにプレーされているスポーツなのでしょうか。下の図は2019年のブラインドサッカー世界ランキング(カテゴリーB1)に入っている国を色付けしたものです。ランキングは50位までの発表となっているため、実際にはもっと多くの国でプレーされているはずです。世界にはいま約200の国が存在します。ランキングにのっている国だけにしても世界の1/4の国でプレーされているスポーツなのです。

(出典:IBSA | IBSA BLIND FOOTBALL WORLD RANKING – B1 より作成)

「売り上げや利益を増やすことが目的ではない。目にまつわる機会損失を減らすのを目標としている。」 参天製薬社長の谷内氏ははっきりと明言されています。(出典:日本経済新聞 | 参天製薬、ブラサカと10年契約の理由 谷内社長に聞く

また会社としてのGOALも同じような文言で表現されています。「眼の疾患や不具合に起因する世界中の人々の社会的・経済的な機会損失を削減することを目指す」と。そして、この取り組みは参天製薬の長期的な売上成長に貢献すると考えられます。

目にまつわる機会損失。これをわかりやすく言えば、“人々が視力の低下や失明によって、やりたかったことができなくなってしまうこと”だと思います。そして、機会損失を減らすということは、視力の低下や失明を予防する、もしくは遅らせることです。上で紹介したスポーツキャラバンホスピタルなどを通じて、目の疾患を予防する遅らせることの重要性を社会的に認識してもらう。すると点眼薬を継続的に使う人が増える。結果として、参天製薬が販売する緑内障などの点眼薬が長期に渡って売れ続けるのです。

短期的に見れば会社の売上には直結しないのかもしれません。しかし、長期的な視点にたてば、目にまつわる機会損失を減らすということは、自社の繁栄にもつながるという共存共栄の素晴らしい取り組みです。

3. おわりに

いかがでしたでしょうか。企業がパラアスリート(スポーツ)にスポンサーすることの大枠がご理解いただけたでしょうか。

また、あらゆる企業がパラアスリート(スポーツ)とともにビジネスメリットを作り上げているという事実もおわかりいただけたら幸いです。

中編(以下)では、残りのビジネスメリットについてお話していきますので、お読み頂けると嬉しいです!