今の世の中、商品やらサービスのレベルってどんどん成熟してきています。そのレベルは常に上がり続け、もはや差別化要因が見つからない商品・サービスもあります。その結果、消費者は「どっちがいいかなぁ」と長いこと悩んでしまう。もしくは「もうどっちでもええか…」って決め手を欠いたまま選ぶことになります。

企業としてはこういった“決め手を欠いて迷っている”消費者をなんとか獲得していきたいところです。ただ、差別化が難しい…

今回取り上げる企業はマイクロソフト、いわゆるGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)の一角です。

そのマイクロソフトが、eスポーツを使って多様性に着目した商品開発・プロモーションを行った結果、大きな反響を呼んだというお話です。具体的には既存/潜在顧客への効果的な訴求、競合との差別化、社内エンゲージメントの獲得に成功したというケースになります。どうか最後までお付き合いいただければと思います。

なおこの記事は、マイクロソフト製のSurfaceを愛用するキムラがお送りいたします。

1. マイクロソフトの課題:競争が激化するオンラインゲーム

Windows、Word、Excel、パワポといった誰もが使ったことがあるソフトウェアを提供しているマイクロソフト。日本ではこういったビジネス系のソフトウェアのイメージが強いですが、Xboxというゲームも展開しています。そしてこのXbox。アメリカなどではけっこう人気のゲーム機です。見た目はソニーのPlayStationと似ている関係もあり、人気を二分するバチバチの競合関係にあります。

アメリカの人気コメディ「ビッグバン★セオリー」でもゲームオタクがXboxとPlayStationのどっちを買おうか1日中悩むシーンがあります。これを見ても”Xbox vs PlayStation” というのはアメリカ人の中ではけっこう知られたライバル関係であることがうかがえます。ソニーのほかにも「あつもり」を大ヒットさせた任天堂も競合になりますね。

しかも、ここ数年はGAFAMに代表される巨大テック企業がクラウドゲームのサービスに手を伸ばしてきています。クラウドゲームとは、ゲームをストリーミング方式で受信しながらプレイするゲームのことです。サービスの特徴としては、プレーヤーはPCやスマホをネットにつなげば遊ぶことができ、高価なゲーム機も高性能PCも不要なのです。独自のクラウド基盤を持つグーグルやアマゾンが強みを発揮しやすいサービスと言えます。(出典:Geekly | 【知っておきたい!】クラウドゲームを徹底解説!!その特徴から流行りの理由、将来性も含めて分かりやすく解説します。)

このようにマイクロソフトは、ゲーム機を売るソニー、任天堂、そして新興勢力であるクラウドゲーム会社との競争にさらされていたのです。そんな状況でもなんとかシェアを守りたいマイクロソフトは、何らかの差別化ポイントを作りたかったと考えられます。そこで彼らが利用したのがeスポーツだったのです。

2. マイクロソフトはなぜeスポーツに目を付けたか:障がい者eスポーツの可能性

他社との差別化のためにスポーツを利用した事例は過去記事でも何度か紹介しています。今回のケースでも、マイクロソフトはXboxをアピールするためにeスポーツを活用しました。xBoxはeスポーツにも使用されるので、eスポーツをプロモーションに使うという発想自体に意外性はありません。マイクロソフトの巧みさは別のポイントにあります。

一般的なスポーツの種目では、男女が同じ条件で競ったり、健常者とともにオリンピックに障がい者が出場することはほぼありません。当然ながら身体能力の差が競技能力に大きく反映されるためです。

一方、eスポーツはどうか。プレーヤーたちはコントローラーを使ってプレーするので、身体能力の差=競技能力の差、となりにくいのです。性別も年齢も国籍も関係ありません。そして障害の有無も超えられるのです。マイクロソフトはこの、「(障害があっても)だれでも一緒にプレーできる」というeスポーツの特性に着目しました。

もちろんこれは障害の部位、度合いにもよります。ただ、障がい者の身体的ハンデを解消するようなコントローラーがあれば、障がいが無い人とも平等に競えるのです。

ちなみに、日本には「一般社団法人障害者eスポーツ協会」という団体が存在します。当協会のトップページには「障がいをあきらめない自分へ」と書かれています。eスポーツには障害を超えて、それを個性に変える力があるのです。障がいを持たれている方の中には、これまで色んなことを諦めた方も多くいらっしゃると思います。しかし、eスポーツの中では健常者と同じ土俵で自分自身を表現できる。これがeスポーツの持つ1つの特性なのです。

そしてそして、マイクロソフトはこのeスポーツの特性を商品開発&プロモーションに活かしたのです。

3. マイクロソフトはどのようにeスポーツを活用したのか:新製品の開発とプロモーション

まずマイクロソフトは障がい者の方でも扱えるコントローラーを開発しました。その名もXbox Adaptive Controller。特徴としては外付けのスイッチやボタンなどを接続できる端子が20か所以上装備されてます。障がい者は各々の身体に合わせ、必要な外付け機器を装着して利用できるスグレモノです。

次にマイクロソフトはこの製品を紹介するスペシャルCMを作ります。動画タイトルは“We All Win”。動画の内容は、障がいを持った子供が他の子供たちと一緒に遊ぶ様子。そしてそれを見て涙する父親の姿が描かれており、強く印象に残る内容に仕上がっています。

(YouTube | [マイクロソフトフィランソロピー]Microsoft Super Bowl Commercial 2019: We All Win (日本語字幕つき) | 日本マイクロソフト)

マイクロソフトはこのスペシャルCMを放映する場所にもこだわりました。このCMが放映された場所。それはスーパーボウル2019のCM枠です。以下の記事でご紹介したように、スーパーボウルはアメリカで1億人超が視聴する人気No1のスポーツイベントです。そのCM枠には50社を超える企業が、気合を入れて作ったCMを流すことでも知られています。(出典:Yahoo!ニュース|心をバリアフリーにするXboxのCM。現代の”いい広告”とは何か? を考える)

このWe All Winは社会的にも高い評価を受けました。ハーバード大学のHBS、スタンフォード大学のGSB等と並び名門MBAとして知られるノースウェスタン大学のケロッグ経営大学院。この大学院は毎年、スーパーボウルのCM枠で流されたTVCMを評価する“KELLOGG SUPER BOWL AD REVIEW”を発表しています。We All Winは2019年の評価で最高評価を獲得しています。マイクロソフトの他にAランクとされた企業はいくつかあります。しかし、“Microsoft was a big winner in strategic ad rankings~”と文頭でベタ褒めされており、グンバツに秀逸だったと思われます。

4. どんな効果があったの?:広告効果の増大、競合との差別化、社内エンゲージメントの高まり

この取り組みには3つの効果があったと考えられます。

4-1. 広告効果

まずは広告効果。これ、けっこうすごいです。マイクロソフトはこのCMをYoutubeに公開しました。Youtube動画でどれくらい見られているかという指標に総再生回数、インプレッション、クリック率という値があります。総再生回数は、文字通り何回再生されたか。インプレッションとは、視聴者がYoutubeを開いた時に、どれだけ動画が表示されたか、になります。なので、インプレッション数 x クリック率=総再生回数、になるわけです。

We All Winのインプレッション数は11億、総再生回数は約3,000万回だったそうです。(出典:AdGang|障がいを持つ人も楽しめるゲーム作りを。カンヌ グランプリを獲得したマイクロソフトの取り組み『Changing the Game)  ちなみに“connecting dots…”で有名なスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式でのスピーチ。あの動画はスタンフォード大学公式アカウントでYoutubeに公開されていますが、再生回数は約3,500万回です。We All Winは、この伝説の動画に匹敵するくらいの再生回数を短期間で叩き出しているのです。

4-2. 競合との差別化

マイクロソフトは競合との差別化にも成功したと考えられます。冒頭でゲーム市場は激化している、なんて話をしました。つまり、消費者からしたら「どれを買おうか迷っちゃう」状態です。で、ココできいてくるのがブランドイメージの差別化です。消費者としては機能や価格の面では甲乙つけがたし、と思っている。でも、「そういやマイクロソフトのWe All Win良かったなぁ~。おっしゃXboxに決めよ」となるわけです。つまり企業へのポジティブな印象が消費者のアクションの最後のひと押しになるのです。

それと顧客の差別化も見逃せません。アメリカでは障害を持つゲーマーが3,300万人いるとされています。(出典:MediaPost|Xbox Introduces Controller For Gamers With Disabilities) マイクロソフトはこの3,300万人にもXboxを売ることが可能になったわけです。ちなみに、世界では総人口の15%にあたる10億人が障がい者であると試算されています。(出典:United Nations|Factsheet on Persons with Disabilities) もちろんすべての人がゲーマーではありませんが、この10億人がXboxの潜在顧客になりうるのです。当然ですが、障がい者向けのゲーム機や周辺機器を開発していないゲーム会社は、この10億人にリーチできないわけです。

障がい者向けゲーム市場の潜在顧客
障がい者向けゲーム市場の潜在顧客

4-3. 従業員エンゲージメントの高まり

ちょっと前の記事に従業員エンゲージメントについて書きました。これは従業員が会社に貢献したいと思う意識のことです。このマイクロソフトの取り組みは、社員のエンゲージメントも高めたようです。

YoutubeにあげられたWe All Winのコメント欄に以下のような書き込みがありました。(出典:Yahoo!ニュース|心をバリアフリーにするXboxのCM。現代の”いい広告”とは何か? を考える)

『マイクロソフトで働いてる』って人に言えることを、
こんなに誇らしく感じたことはない

おそらくこの発言はマイクロソフト社員のものだと思われますが、真偽はもちろん不明です。しかもこのように感じたマイクロソフト社員の数を定量的に把握することはできません。しかし、障がい者の生活を豊かにする製品を開発し、障がいを超え、生き生きと社会に参画する手助けを自分の会社がしたわけです。おそらくかなりの社員がマイクロソフトのことを誇りに感じたのではないでしょうか。

なお、従業員エンゲージメントについては以下の記事に詳しく書いてありますので是非チェキしてみてください。

5. いまの時代に求められるPurpose型経営とは?

実はこのWe All Winは、国際広告賞の中で最も権威があると言われる “カンヌライオンズ”でもグランプリを獲得しています。このカンヌライオンズのサブセミナーやカンファレンスでしきりに言及されていたキーワードがあるそうです。それは「Purpose」というワードです。直訳すると目的という意味ですが、経営上の意味で捉えるならば「企業が社会に存在する意味、ミッション」となります。(出典:日経広告研究所|カンヌライオンズに見る 世界のコミュニケーション・トレンド)

そこで、マイクロソフトの企業ミッションを調べてみました。そしてワタシは驚愕しました。彼らのミッションは、

Empower every person and every organization on the planet to achieve more.

(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)

これってまさにXbox Adaptive Controller の開発やWe All Winで表現したかった世界観だったのだと思います。

スポーツスポンサーをしたり、製品開発をする時、ターゲット顧客、広告効果の見積もりをすることは重要です。ただ、自社のミッションやPurposeからスタートし、それから製品開発やスポンサーシップにつなげていく。するとこれほどまでに強力なメッセージを発信することができるのだなぁ、と感じさせられる事例だと思います。

6. おわりに

eスポーツって言っても、タダのゲームでしょ。そう思っていたアナタ。実はワタシもどこかそう思っていました。でもこの記事を書いてみて、その認識はだいぶ変わりました。現代社会では、人々の価値観や在り方が多様化しています。LGBTでも障がい者でも、尊厳を持って社会で活躍する地球市民の一員なのです。もしかしたらeスポーツにはだれもが共存できる社会の作り方。そのヒントがあるのかもしれません。

というわけで、スポーツの社会的価値の探求をやめない弊社はこれからもeスポーツの事例紹介を続けていこうと思います。お付き合いのほどよろしくお願いします。