これまで前編、中編とパラアスリート(スポーツ)にスポンサーするビジネスメリットについて書きました。今回の記事はその最終編となります。
※前編、中編は以下からお読み頂けます

この記事では、障がいを持ちながらも、(パラ)アスリートとして活動する一人の選手にフォーカスを当ててみたいと思います。そのアスリートとは平昌パラリンピックで金メダルを取得した成田緑夢選手です。

健常者としてスノーボードなどの競技で活躍していた成田選手。2013年4月、彼はトレーニング中に前十字靱帯&後十字靱帯の断裂、半月板損傷という大怪我をおってしまいます。この事故によって彼の左足には障がいが残り、膝から下の感覚を失いました。

この大事故の後、一時はスポーツから離れていた彼ですが、障がいを受け入れもう一度アスリートとして生きていくことを決断します。今は、世界初となる夏季冬季オリンピック・パラリンピックの4大会出場を人生の目標に据えて、活動しています。

この記事では、彼が歩んできた人生、見据える未来、そして彼が持つビジネス価値に迫っていきます。前編中編の記事でお話したパラアスリート(スポーツ)にスポンサーすることのビジネスメリットを思い浮かべながら、お読みいただければと思います。

なお、この記事は以下のような方には必見の内容となっています:

1. 日常で障がい者に関わる機会があり、彼らを勇気付けたい、応援したいと思っている
2. 成田緑夢選手のファンで、何かしらの形で応援・協力したいと思っている
3. 企業のパートナーとして有望なパラアスリートを具体的に提案・紹介してほしい

それでは参ります。

1. 【おさらい】パラアスリート(スポーツ)にスポンサーすることのビジネスメリット

成田選手の紹介をする前に、パラアスリート(スポーツ)にスポンサーするビジネスメリットについて、ざっとおさらいしておきます。我々は、パラアスリート(スポーツ)スポンサーならではのビジネスメリットを5つの観点から調査・分析しました。

まずは、①企業イメージを作る、②モノ・サービスを作る、③お客さんにリーチする、④従業員を引きつける、という観点から4つのメリットを整理しました。

①については、パラアスリートの挑戦心を背景とした企業のブランドイメージ強化ができる、というメリットです。②は障がい者の持つ固有な特徴・ノウハウを使って、商品・サービスを作ることができる、というメリットです。③はパラアスリートの置かれる状況を共有している消費者の間で自社のプレゼンスを高めたり、関係強化ができる、というメリット。④はパラアスリートの持つ波乱万丈なストーリーを持って社員のモチベーションを上げたり、新しく採用できるようになる、というメリットです。

上記4つのメリットはより現場とか本業に関わりの深い運営上のメリットです。こういった運営寄りのメリットに加えて、⑤株式市場で評価される、というメリットもあげています。これは本業と言うよりも、パラアスリート(スポーツ)にスポンサーし、取組を発信することでD&I指数の向上による株価上昇の機会となる、というメリットになります。

詳しくは前編中編に書いてありますので、ご確認いただければと思います。

2. 成田緑夢、前人未踏への挑戦 ~その男、アスリートにつき~

それでは、ここからは成田選手の歩み、実績、魅力についてお話していきます。さきほどおさらいした5つのビジネスメリットを思い浮かべながら、お読みいただければと思います。

2-1. 神童と呼ばれて

成田緑夢選手は1994年2月1日生まれの26歳。大阪市に三兄弟の末っ子として生まれます。兄の童夢さん、姉のメロさんも2006年トリノオリンピックスノーボードハーフパイプ日本代表として出場したオリンピアンです。そんなスポーツ一家に育った成田選手は1歳からスノーボードをはじめ、1998年の長野オリンピックでなんと4歳でスノーボードのデモンストレーションを担当しました。このころからその才能は群を抜いていたようです。

2010年には16歳で、スノーボードの大技「ダブルマックツイスト1260(トゥエルブシックスティ)」を1発で成功させています。このダブルマックツイスト1260。かつては難易度が高すぎて、ショーンホワイトだけしかできないと言われた大技です。ショーンホワイトって言えば、冬季オリンピックで3度も金メダルを獲得しているスノボ界のレジェンドです。こんな技を16歳の時に1発で決めるあたりに才能の匂いがプンプンします。

2010年バンクーバーオリンピックでダブルマックツイスト1260を決めるショーンホワイト

成田選手はスノーボードの他にも、トランポリン競技にも取り組んでいました。2010年、高校2年生だった成田選手は、第35回全国高等学校トランポリン競技選手権大会に出場しています。トランポリンは演技の美しさなど複数のポイントで採点されます。この大会で、成田選手は予選5位、総合で10位でしたが、予選時に叩き出したDスコア(技の難しさ)で最高得点となる16.30を叩き出しました。これにより最高難度賞を受賞しています。

(出典:公益財団法人 日本体操協会| 第35回全国高等学校トランポリン競技選手権大会 予選結果

その後も2012年からフリースタイルスキー・ハーフパイプを始め、2013年1月にはFISアルペンスキーワールドカップに3回出場。同年に開催されたフリースタイルスキー世界選手権にも日本代表として出場し、9位という好成績を残しています。

このように、誰もが「それはムリだろ~」と尻込みするようなコトに挑戦し、結果を出し続けてきたのが成田緑夢という青年なのです。

2-2. 競技人生の暗転

しかし、翌年にソチオリンピックを控えた2013年4月、成田選手に突然の悲劇が襲います。当時19歳だった彼は自宅屋上に設置したトランポリンで自主練習をしていました。その際に着地に失敗し、前十字靱帯&後十字靱帯の断裂、半月板損傷という大怪我をおってしまいます。入院は半年間におよび、計4回の手術をしました。結果、足の切断は免れたものの、左足の腓骨神経麻痺という障がいが残り、ひざから下の感覚を失いました。

20年積み上げてきたもののデータがすべて無くなった」。当時のテレビインタビューで成田選手はこうコメントしています。20年間のほぼ全てをスポーツに捧げてきた人生。そんな人物が武器である体に障害を持ってしまった。そのときの絶望感は察するに余りあります。

「死んだほうがマシだって思っていた時期もありました」。視覚障害者柔道で東京オリンピック出場を目指す初瀬勇輔選手も障害を持った時のことをこう仰っています。

パラアスリートの多くはもともと障がいを持っていた人というより、障がいを持ってから競技を始めた人が多いのです。ただ、誰もが障がいを持ったという事実を素直に受け入れることができたわけではないと思います。「なんでワタシが…」と、自らの運命を呪い、生きることそのものを放棄したくなる瞬間が何度も訪れたと思います。それでもなお、パラスポーツに一筋の光を見つけ、もう一度歩きだしているのです。

成田選手をもう一度、競技に向かわせたきっかけ。それは同じ障がいを持ちスポーツを諦めかけていた人たちからもらったSNSメッセージだったそうです。そのメッセージは、

“もう一歩踏み出そうと思えた”

“怪我をしても、頑張っている緑夢君に勇気をもらった”

“同じ障がいを持っているけど、成田選手を見てもう一度スポーツに挑戦しようと思った”

というようなものだったそうです。

退院後、成田選手はスポーツから離れた生活を送っていました。そんなとき、たまたま友人に誘われたことがきっかけでウェイクボードを始めます。もともとは運動神経の塊のような選手なのでその腕前はまたたく間に上がっていきました。結局、ウェイクボードを始めて1年で健常者の大会で優勝。そんな成田選手の姿を見て、同じ境遇の人がSNSを通じてメッセージをくれたのでした。

自分の生きていく道が暗闇に包まれたとき、その暗闇に光を灯すのは他でもない自分自身なのかもしれません。でも自分のために灯したはずの光は、いずれ誰かの足元を照らす光にもなる。

彼は、“自分が結果を出せば、障がいのある人や怪我で引退を迫られた選手たちの夢や希望になれるかもしれない” と思うようになったそうです。もっと多くの人にチャレンジし続ける自分の姿を見てほしい。そして、生きる希望を持ってほしい。成田選手の中でそんな思いが芽生え、もう一度アスリートとして生きていくことを決意します。

2-3. 絶望からの復活

アスリートとして自分の進むべき道を定めた成田選手は怒涛の復活劇を見せてくれます。IPC(国際パラリンピック委員会)主催の大会や国内の主要大会で優勝をかっさらい出します。成田緑夢、ここにあり。そんなメッセージを世界中に発するかのように躍動し始めます。

そして2018年3月に行われた平昌パラリンピック。成田選手は、総観客数74万人ともいわれるこの大舞台に出場し、圧巻の滑りを見せます。3月12日に行われたスノーボードクロス(SBLL-2)では銅メダルを獲得。そして、16日に行われたスノーボードバンクドスラローム(SBLL-2)では金メダルを獲得しました。

成田三兄弟は父 隆史さんのスパルタ指導の元、オリンピックでのメダル獲得を目指していました。成田選手の平昌パラリンピックでのメダル獲得は、そんな成田家の努力が実を結んだ瞬間でした。そして2018年5月、成田選手は皇居で天皇陛下に拝謁し、紫綬褒章を授与されました。ともに授与された人の中には、平昌オリンピックで金メダルを獲得したスピードスケートの小平奈緒選手らがいました。

成田家に誕生した3つ目の光。その光は、緑色の閃光となり、家族そして日本国民の誇りとなりました。障害のある人や怪我で引退を迫られた選手たちの夢や希望になりました。成田緑夢は完全に息を吹き返します。

2-4. いま、成田緑夢がいる場所。見つめる未来

大怪我から復活し、晴れてメダリストとなった成田選手ですが、またまた世間を驚かせます。2018年3月28日にスノーボードからの引退を発表したのです。多くの人が「メダリストになったのになぜ…?」と思ったと思います。実はこれには成田選手の強いこだわりがありました。

成田選手は「目の前の一歩に全力を尽くすこと」を信条にしています。次の目標として2020東京オリンピック・パラリンピックへの出場を見定めていた成田選手は、冬の競技から一旦離れることを決断したのです。実は成田選手が人生の目標に定めているコトがあります。それは

ってことです。

オリンピック・パラリンピックの両方に出場した選手は世界で数人しかいません。有名どころだと、リオオリンピックで福原愛・伊藤美誠組と対戦したポーランドのナタリア・パルティカ選手などがあげられます。しかし、夏季冬季含めてオリンピック・パラリンピックに出場した選手は世界でまだ一人もいません。成田選手はこのスポーツ界の“前人未到の領域”に挑戦しようとしているのです。

現時点で、東京パラリンピックには走り高跳びで出場することを目標としています。この決断に至るまでも、成田選手は泥臭く、粘り強く行動します。情報収集し、夏季オリンピック・パラリンピックの競技一覧をチェックしました。そして、片足が不自由でも支障の少ない競技の国内団体に片っ端から自分で電話を入れました。当然、そっけなくあしらわれた団体もありました。しかし成田選手はめげることなく競技を探し続け、最終的に走り高跳びという競技に行き着きました。

2-5. 直近の成績

2018年3月28日にスノーボードから引退し、走り高跳びに転向してから成田選手は目覚ましい成長を遂げます。2018年にWorld Para Athletics公認のジャパンパラ陸上競技大会で1m75という記録で優勝します。2019年にはさらに記録を伸ばし、日本選手権で優勝。ジャパンパラ陸上競技大会も2連覇を果たします。2020年にはオーストラリアで開催されたサマーダウンアンダー2020で日本記録となる1m88を記録し、優勝を飾ります。

ちなみにこの1m88という記録は、現時点でもT44(下肢障害)クラスの日本記録として、公式に認定されています。

(出典:一般社団法人 JPA(日本パラ陸上競技連盟)| フィールド競技(2020年09月23日現在)日本記録男子

なお、成田選手は22年の北京冬季オリンピック24年のパリ夏季オリンピックへの出場も見据えています。ただ、いまは目の前の東京パラリンピックへの出場に集中し、トレーニングに励んでいます。

2-6. 成田緑夢の持つメディアパワー

こんな成田選手はこれまで、数々のメディアに取り上げられています。彼の持つメディアパワーはけっこうなものがあります。gooが行った2018年の注目アスリートランキングで成田選手は第6位に入っています。また女性人気が高いというのも1つの特徴かもしれません。

他にも日本テレビの人気番組である、踊るさんま御殿、ダウンタウンDX、ニュースZEROなどにも出演経験があります。

2-7. 成田緑夢という人間

いかがでしょうか。ここまでで成田緑夢という人間の生き様、持っているパワーのようなものがおわかりいただけたら幸いです。この記事を執筆するに当たり、ワタシは成田選手の過去のインタビュー記事を数多くチェックしました。その中からワタシが強く心を動かされた彼の発言を3つ紹介したいと思います。

障がいを持った人、けがして引退を迫られている人に夢、感動、希望を届けるのがゴール。
それが大けがをした自分に課せられた使命であり、そのためなら死んでもいいと思ってる。
『使命への自己犠牲』。それが今の僕の全て

いろんな競技をやって、『1つだけ極める』という日本の文化を変えたい。
歴史に名前を残したいんです。

けがをしたことは、僕にとって人生最大のターニングポイントだったと思います。それは、完全にいいことでした。けがをして悪かったことは一つもないですね。プラスは120点くらいあります。

これまでの彼が歩んできた26年間の軌跡。そのすべてを表現することは難しいですが、下のようないくつかのキーワードでまとめることができると思います。

3. 【大事なお知らせ】おねがい

いかがでしたでしょうか。成田緑夢という男が歩んできた道のり、見つめている未来について、少しでもご理解いただけたら幸いです。

我々は微力ながら成田選手のスポンサー獲得を支援させていただいております。もし彼を経営課題解決のパートナーとして迎え入れ、win-winな関係を築きたい。そんな企業様がいらしたら是非ご連絡いただければ幸いです。

早めにご連絡を頂けると、アクティベーション内容や業種についてより柔軟にご対応が可能です(パートナー様は原則で1業種1企業とさせて頂く予定です。また、ご対応可能な企業様の数にも限りがございますのでご了承のほどよろしくお願いいたします)。

スポンサーとしてどんなことが出来るのか、金額感なども含めて、まずは資料請求だけでもご検討いただければ幸いです。

もしご興味ある方は、下の問い合わせフォームからご連絡いただければと思います。

最後に。

この記事は成田選手にフォーカスしたものですが、前編~後編の記事を通してパラアスリート(スポーツ)の現状や強みを書いたものでもあります。もしこの記事を見て、
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・障がい者の社会活躍を応援したい
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