前回記事、“障がい者スポーツが生む5つのビジネスメリットと先進事例(前編)”はいかがでしたでしょうか。
※まだ読んでいない方は以下からお読み頂けます

今回は、その“中編”となります。前編に引き続き、今回もパラアスリート(スポーツ)にスポンサーすることで、企業が得られるビジネスメリットについて書いていきます。もちろん国内外の事例も織り交ぜながら書いていこうと思います。

なお、この記事は以下のような方には必見かなと思います:

1. 障がい者スポーツの現状について興味があり、理解を深めたいと思っている
2. 障がい者がスポーツを通してどのように社会参画し、どのように企業にとっての価値を生み出すのか知りたい
3. 日常で障がい者に関わる機会があり、彼らを勇気付けたい、応援したいと思っている

それでは参ります。

1. 国内におけるパラアスリートの現状(前編と同じなので読み飛ばしていただいてもOKです)

こちらは前編と同じ内容なので、前回お読みいただいた方は飛ばしていただいても構いません。

冒頭でもお話しましたが、今回はパラスポーツ(アスリート)について書いていきます。みなさん、日本におけるパラアスリートの現状ってご存知ですか。2015年に設立されたスポーツ庁はパラスポーツの裾野拡大を1つの課題としてあげています。スポーツを「する」観点からすると、週に1回以上、スポーツ・レクリエーションを実施している割合では、成人一般は51.5%。対する障がい者は20.8%と半分以下にとどまっています。

スポーツをする場所についても不足しています。スポーツ施設は全国に約19万ヶ所あります。その中で、障害者が専用または優先的に使えるスポーツ施設はわずか139施設だそうです。日本の全人口に占める障がい者の割合が約7.4%(約900万人)なのに対して、障がい者が優先的に使用できるスポーツ施設の割合は約0.07%(139件)。非常に低い割合になっています。(出典:スポーツ庁 | ~障害者スポーツの裾野の拡大~ 鈴木長官 先進事例の現場視察レポート!

スポーツを「みる」、「ささえる」という点でも、パラスポーツを取り巻く環境は厳しいものがあります。東京パラリンピックで採用された全22競技のうち、いずれかの競技を現地で観戦したことがあると回答した人はわずか1%です。(出典:Azrena | パラスポーツ観戦率はわずか1%。2020年へ認知度向上が課題  加えて、このコロナ禍によってパラ選手を抱える26の競技団体のうち、少なくとも5団体がスポンサーから契約金減額を通知された、なんてニュースもあります。(出典:Sankei Biz | パラの好景気、延期で陰り 離れる企業、問われる支援の在り方

このように日本におけるパラスポーツを取り巻く環境は、まだまだ改善の余地がありそうです。

2. パラアスリート(スポーツ)をスポンサーするビジネスメリット

前編ではまず、企業が享受するビジネスメリットの全体像を以下のように整理しました。この中から、前編では①企業イメージを作る、②モノ・サービスを作る、③お客さんにリーチする、について、事例とともにご紹介しました。

今回は、残りの④従業員を引きつける、について書いていきます。加えて、この全体像では整理しきれなかったメリットについても触れておきます。

2-1. ④従業員を引きつける、で企業が得るメリット

まずは「従業員を引きつける」で企業が得ることのできるメリットについてです。ここでは、ByBoxというイギリスに本社を置くIT企業の事例を紹介します。彼らは2000年創業で、2021年1月現在は世界16カ国でビジネスを展開しています。主にサプライチェーンマネジメントシステムですが、最近では宅配ロッカーサービスを展開しています。(出典:ByBox | Home) イメージとしてはアマゾンハブロッカーに近いですかね。ByBoxはこのサービスを主にイギリスで展開している企業です。

そんなByBoxの課題は、イギリスのIT業界全体が抱える大きなものです。それは、エンジニア人材の不足。下の表は、Indeedが発表したイギリスの「Jobs with most vacancies that were hard to fill in past year」というランキングです。簡単に言うと、採用が難しい職業ランキングです。

(出典:Personnel Today| Tech sector has most ‘hard-to-fill’ jobs より作成)

弁護士や外科医と、いかにも難しそうな職業がランクインしています。そんな中、4位以下は8位のFlight attendant以外すべてがIT業界の職業です。10分の6がIT関連の職種ということになり、いかに人材不足に悩まされているかがわかります。

他のIT企業と同様に、どうにかこうにか優秀な人材を獲得したいByBox。彼らはパラアスリートにスポンサーすることで従業員からの会社の評判を高め、優秀な人材を引き付けようとします。ByBoxは2016年にDavid Andrew Smith MBEというパラアスリートとスポンサー契約をスタートします。

(出典:ByBox | Corporate social responsibility

このDavidさん。2012年ロンドンパラリンピック・ボート競技で金メダルを獲得した選手です。しかし、Davidさんはそんな簡単な紹介ではもったいないほどに波乱万丈な人生を歩んでいる人物です。以下の図は彼の人生年表です。

32歳の時、骨髄腫瘍の手術によって歩けない体になったのですが、退院して5か月でパラアスリートとして活動を始めるなど、数々の伝説を持ったスーパーマンです。彼は何度も生死をさまよう手術を乗り越えました。そして、障がいを持った体になってもリハビリに励み、今でもスポーツの世界で挑戦し続けています。

ちなみにDavid Andrew Smith MBEという名前にある、「MBE」。これなに?と思われたのではないでしょうか。これはイギリス王室から、重要な功績を上げた人々に授与される勲章です。(出典:GOV.UK | Charities, volunteering and honorurs

ByBoxはそんなスーパーマンと2016年にパートナー契約をスタートさせました。(出典:David Smith MBE | Partners

ByBoxはただスポンサーするだけでなく、従業員たちの士気を上げるためにDavidさんと社員が直接交流する機会を作ります。定期的にオフィスにDavidさんを招待し、彼の挑戦や今まで乗り越えてきたチャレンジについてスピーチをしてもらいました。より身近にDavidさんを感じることによって、社員の心の中にも変化が起きます。社員は、Davidさんの功績に自分たちも貢献している、と誇りに思い、仕事に対するモチベーションが上がったそうです。(出典:CEO Today | Why are businesses sponsoring Paralympic athletes?

(出典:Twitter | ByBox

ByBox COOのSteveHuxter。彼は、「パラリンピアンにスポンサーするってめちゃめちゃメリットあるよ!なんでみんなしないの?」とパラリンピアンをスポンサーすることのメリットを熱く語っています。彼は、実際にDavidさんの野望や何でもできるという姿勢が従業員のモチベーションをあげている効果があったと話しています。(出典:CEO TODAY | Why Are Businesses Sponsoring Paralympic Athletes?

社員が挑戦意欲を持つ&自社について誇りに思う → 社員のモチベーションUp →離職率Down、という流れは想像できるかと思います。加えて、採用数Upという効果もあったと考えられます。過去の記事(以下)でも紹介しましたが、社員が自社について誇りに思うと、従業員エンゲージメントが高まります。従業員エンゲージメントとは社員が、会社に貢献したいという意識のことです。簡単に言うと会社に対する“Love”です。

この従業員エンゲージメントが高いと社員が起こす具体的な行動があります。それは自社を他人にススメることです。「もし転職を考えているならウチの会社受けてみない?」と友達や知り合いを誘う傾向があるのです。こういった採用スタイルのことをリファラル採用と言い、従業員エンゲージメントと相関関係があります。(出典:Engagement Note | リファラル採用とエンゲージメントの関係について【2020年最新】

そりゃそうですよね。「うちの会社まじでヤバい」って思っている人が優秀な友人を誘ったりしないですよね。逆に「うちの会社は素晴らしい」って思っていれば「いっしょに働こうよ!」って誘うと思います。

このリファラル採用は、転職を検討していない潜在層に早めにリーチできるっていうメリットがあります。転職エージェントなどに登録した時点で、その人材を巡って企業間での争奪戦が始まります。リファラル採用であれば、社員が潜在転職者に「転職したくなったらウチにきなよ」と、声がけをします。この声がけにより、転職エージェントよりも先に優秀な人材にリーチできることになるのです。まさにByboxが抱えていた、人材確保という課題を解決する効果が生まれるワケです。

2-2. 株式市場で評価される、というメリット

ここまで企業の持つ経営課題の中でもより現場に近い運営上の課題に対するメリットについて書いてきました。こういった課題は企業によってその有無や深刻さが違ってきます。人材採用に困っている企業もあれば、超人気企業で採用にそこまで苦労してないって企業もある。人材採用の困り度は企業によって違います。

しかし、どこの企業でも共通して持っている課題があります。それは“軍資金を調達し続けること”です。企業は商品を仕入れるための運転資金だったり、生産拠点を作るなど投資のための資金も必要です。それを企業はなるべく本業で出た利益でまかなおうとしますが、それだけでは足りない場合が多いのです。そこで企業は外部からの軍資金の調達に頼るわけですが、これに障がい者支援が一役買う場合があります。

これにはESG投資という比較的新しい投資アプローチが関係しています。ESG投資とは、Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治の頭文字をとったものです。

一昔前は、どれだけ儲けたか、が投資家の判断基準でした。でも儲けばかり優先して環境を破壊したり、従業員を過労死させたりと、不祥事を起こす企業が多くなってきた。そうなると株価が下がるので投資家は損をします。ならば「環境、社会、企業統治をちゃんとしている持続可能性が高い企業に投資したほうがいいね」という価値観が投資家の間に広がりだしたのです。簡単に言うとESGにちゃんと取り組む、長期的に社会に貢献する企業を投資家たちは選ぶようになってきているというワケです。

上場企業メインの話ではありますが、ESGに積極的な企業の株を購入する投資家が増える。その株は人気が高まったということなので、株価が上がり、企業の時価総額が上がります。時価総額が高い、ということは社会的な評価が高いということです。これは企業の信用力向上になります。企業は信用力が上がれば、銀行からお金を借りやすくなります。言い換えると、企業の(軍)資金調達力が上がったってことです。他にも、株価が上がることで、株式交換による買収余力(他の企業を買収する力)が上がる、などの効果もあります。

障がい者でもそのハンディキャップに関係なく、活躍できる社会を作る。これは人類全体が向き合うべき社会課題です。そんな社会課題にパラアスリート支援を通じて取り組んでいると投資家たちの目に留まりやすくなるってワケです。そして株価が上がり、資金体力も上がる、という連鎖が起こりうるのです。

ちなみに、投資家に「この会社はESGに熱心ですよ」と教えてあげる機関があります。要は企業をESGという観点から評価する外部機関です。その1つであるThomson Reuters(現在はRefinitivに組織変更)はダイバーシティ&インクルージョン・インデックス(「D&I指数」)なるものを作り、企業を評価しています。ダイバーシティとは従業員の多様性。インクルージョンとは“社会的包摂”と訳され、これまで社会的に受入れられてこなかった人々を企業に受入れていくという概念です。ちなみに、第46代アメリカ大統領バイデン氏もこの「ダイバーシティ&インクルージョン」を強く訴えて選挙に当選しました(出典:Sustainable Japan | 【国際】ダイバーシティに富む企業「D&Iインデックス」世界トップ100社、アステラス製薬が5位

このように、障がいを持つ人間をどれぐらい自社に取り込んでいるか、が外部機関そして投資家たちに評価されているのです。ちなみに9月に発表された2020年版のランキングでは、Top25に入っている日本企業はソニーのみです。つまり、D&I指数で見ると、日本企業はそれほど投資家にとって魅力的ではないということになります。ということは、多くの先進国で全投資運用資産の半分以上を占めるESG投資による資金が集まりにくいってことなわけです。(出典:財務省 | ESG投資の動向と課題

3. おわりに

いかがでしたでしょうか。パラアスリートを支援することのビジネスメリットが少しでもご理解いただけたら幸いです。

アスリートであれば誰もが幾多の困難を乗り越えてきているのだと思います。特に、パラアスリートは“障がい”という困難とともに競技に取り組まれています。時には、生きることをやめたくなった夜もあったと思います。それでも彼らは日の当たる場所まで自らを連れ出し、我々にそのパフォーマンスを見せてくれます。生きる鼓動を聞かせてくれます。

「パラアスリートはエリートであり、様々なアセット(資源)を持つ」。

前編でも紹介した参天製薬社長の谷内氏はこう仰っています。

パラアスリートが経験した燃えたぎるような苦しみを我々が完全に理解することは難しいのかもしれません。しかし、その過程に何かしらのアセット(資源)が蓄積されているという事実だけは理解することができます。そして、そのアセットの中には企業の経営課題解決に活用できるものがあるはずです。

どうか健常者スポーツだけでなく、パラスポーツ(アスリート)にも目を向けてもらえればと思います。そして“頑張っているから”スポンサーするのではなく、経営課題解決のためのパートナーとして彼らの活用を検討してみて下さい。そんな対等な関係が真の意味での“多様性を認めること”であると思います。違うからこそ活かし合う。そんな関係性の構築を考えていただけたらと思います。

後編(以下)では、障がいを持ちながらも、(パラ)アスリートとして活動する一人の選手にフォーカスを当ててお話していきますので、お読み頂けると嬉しいです!